目の前をごうごうと音を立て流れる雨水に、名前は途方にくれた。
道の脇の排水溝からあふれ出したそれは、いまや道の半分を多い尽くすほどになっていて。
坂道と言うことも手伝って、その光景はさながら滝のようだ。

「うーん……どうしようかなぁ…」

学校はこの先だけれど、このまま歩けば靴も何もかも水浸しになるのは目に見えている。

「靴が濡れるのは嫌だなぁ……」

かと言って、このままにしていても無駄な時間が過ぎていくばかりだ。
何かいい方法は無いものか、と辺りを見回した名前の目に、街路樹の脇にあるブロックが移った。
流石の水もブロックの上まで来ることはない。
ここからブロックまで乗りうつって、安全なところまで歩けばいいんじゃないだろうか。
それなりの距離はあるものの、多分大丈夫だろう。
思うが早いか、名前は軽く助走をつけるとひょいとブロックに乗り移った…かに見えた。
ずるっ。

「ぎゃっ!」

ばしゃ!

右足は上手く着地できたものの左足が滑ってしまい、最終的に左足だけがぐっちょりと濡れてしまった。

「……お前、何してるんだ」

ふいに後ろから声をかけられて、振り返れば呆れ顔の食満が立っていた。

「あ、食満も今日部活なんだ。おはようー」
「おはよう。お前も部活?」
「うん。コンクール近いから、さっさと作品仕上げないと」
「そうか。 足、そうとう濡れてるけど良いのか?」

ざばばばばばば、と音を立てて一部水の流れをせき止めている名前の足を指差して食満が問う。

「一度濡れたからもう気にならない」
「そ、そうか…」

左足だけざぶざぶと水の中を進み、右足はブロックの上を歩いているので名前はとても歩きづらそうだ。
こんどはこけやしないかと心配しつつ、
食満も名前を見習ってブロックの上に乗り移った。(流石にすべりはしなかった。)

「食満、靴下の替えとか持ってないよね」
「持ってるわけが無いな」
「でもこれこのまま上履き履いたら濡れるよね。」
「まぁ…」
「かと言って上履き履かないわけにもなー…」

うーむ…と悩んでいる内に昇降口についてしまい、
下駄箱の前で本日2回目の途方にくれていた名前を見かねたのか、
食満は上履きに履き替えると「ほら」と言って名前に背を向けてしゃがみこんだ。

「…蹴りたい背中?」
「違う。それはなんだ、お前は俺の背中を蹴りたいのか?」
「いや別に。ちょっとその行動が読めなかっただけ」
「部室まで背負ってってやるって言ってんだよ」
「部室って、軽音部の部室と美術室は方向全然違うんだけど。悪いからいいよ」
「部室着いたら椅子に座ってれば良いだろ?」
「それはそうだけど。っていうか人の質問にこたえようよ」
「いいから、人の好意はありがたく受け取っておけ」
「…あ、ありがと」

靴と靴下を手に食満の背中におぶさる。

「大丈夫、立てる?重くない?」
「そんなやわな鍛え方はしてねぇよ」

ふらつくことも無く、すっくと立ち上がった食満はなんなく階段を上っていく。
食満の大きな背中から伝わる体温が無駄に温かくて、名前はゆっくりと目を瞑った。



(それでも未だ咲かぬ)



「おい、ついたぞー……って、こんな短時間で寝てやがる…!!」
「…zzz」
「……幸せそうな顔しやがって」

(こっちは緊張して心臓が張り裂けそうだっていうのに!)