カップルであふれかえる街中を二人で出歩いて、ショッピングを楽しんで、それはまるでデートのようで。
夕食に招待すれば、名前は無邪気に喜んでくれた。腕によりをかけたご馳走を、美味しい美味しいと喜んでくれる彼女を見れば、倍率の高いこの日に休みを取るために多少無理をした甲斐もあったというものだ。
クリスマスという特別な時間を共に過ごせるというその事実に、期待がなかったと言えば嘘になる。
勿論、名前にはそんなつもりのないことはノボリだって分かっているけれど。
それを見せる機会など訪れないと思っていても、お気に入りの勝負下着を身に着けてみたりして。
もしかしたら、なんてクリスマスに相応しい奇跡を夢見たりしたものだ。

「…まあ、こうなるのではないかと、薄々感じてはおりました…」

ぼそり、空しく呟いたその言葉に反応する人は誰もいない。
空になったワインの瓶を恨めしく片づけながら、テーブルに突っ伏したまま微かに上下する背中を見やる。
アルコールがあまり得意ではない名前のために、甘く口触りの良いものを用意したのが間違いだったのか。
珍しくすいすいと飲めるそれを気に入ったのか、名前は、普段の様子を知っているノボリが驚くほどに次々と杯を重ねていた。
けれど、さしてアルコールに強くもない人間がそんなことをすればどうなるか、その答えは明白で、早々に酔いつぶれた名前は今は夢の世界へと飛び立ってしまっていた。
正直に白状してしまえば、酔った名前に対して大なり小なり美味しい展開を想像しなかったわけではない。
酔った勢いと片づければ多少のスキンシップも許されるかと、思わないでもなかったのだ。
だからこそ、わざわざ飲みやすいワインを探して注文したりもしたのだが、まさかそれがここにきて裏目に出ようとは。
全く、上手くはいかないものだ、と溜息を吐いて、丸まった背中を揺さぶった。

「名前、起きてくださいまし」
「むー…、…なあにぃ…?」

むにゃむにゃ、何事か呟きながら名前が頭をあげる。
ただ、その目は完全に開ききってはおらず、未だ半分夢の中にいるのはノボリから見ても明らかだった。

「寝るのは良いですが、ここだと風邪をひいてしまいますよ」
「ん、……だいじょぶー」
「大丈夫ではありません」
「だいじょーぶ、だもん…かぜひかない」

夕飯を食べに来た時点で泊まる話はつけていたので帰りの心配をする必要はないが、それでもリビングで寝かせるわけにもいかないだろう。
ノボリはなんとか名前をベッドまで歩かせようとするものの、名前はいやいやと首を振って一向に立ち上がろうとしない。

「もーいいの、…きょうは、ここでねるからあ……おやすみぃ」

挙句の果てにはそう言って、再びテーブルに撃沈しそうになる名前を起こすことを、とうとうノボリは諦めた。
なにしろこうなってしまっては、もう梃子でも動かないということを今までの経験から知っている。

「…仕方がありませんね」

いくら暖房があるとはいえ、このままでは本当に風邪をひいてしまう。
ノボリはクッションと毛布を取ってくると、クッションを置いた位置に丁度名前の頭が来るようにして床に寝かせた。
これでも気休め程度で、翌日確実に身体は痛むことになるだろうが、それでも背を丸めて座ったままの体勢よりはいくらかマシだろう。
そして毛布をかけ、自分も寝るためにその場を去ろうとしたとき、「ノボリぃ?」と声を掛けられその動きをとめた。
見ればいつから起きていたのか、うっすらと目を開けた名前がノボリの方を見ている。

「どうなさいました?」
「ノボリもおいで?」

おいで、と示されたのは、名前の隣のスペース。それはつまり、一緒に寝ようということで、ノボリはぴしりと固まったまま微動だにできなかった。

「ね?」

ぽんぽん、誘うようにクッションを叩かれ、ハッと我に返る。
これこそ自分が夢見ていた美味しい展開ではないか。そうと決まれば、断る道理などなかった。

「お、お邪魔、いたします、」

震える声で、おずおずと、毛布の中へ潜り込む。
一人用のためさほど大きくないそれは、二人で入るには少々窮屈で、自然と密着せざるを得ず、それほど酔っていないノボリの顔も真っ赤になった。
ノボリを誘い込んで満足したのか、既に名前はすうすうと寝息を立て始めている。
人肌の温もりを求めてか、すり寄ってくる名前から仄かに香るアルコールの香りに、ノボリの心臓は今や破裂しそうなほどにどくどくと脈打っていた。
名前からすればただ無意識の行動だと分かっていても、その胸の高鳴りをとめることなどノボリには不可能だ。
ごくり、生唾を飲みこんで、警戒心の欠片も感じられないその顔をじっと見つめる。
もしノボリが男性だったとすれば、名前もここまで無防備な顔を見せてくれることはなかっただろう。
自身の性別を呪ったことは多々あれど、同性だからこそ許されるこの距離感が手放せないのもまた事実だった。

「…これも役得、と言えるのでしょうね。本当に、あなたと友人になれてよかったと、心から思っております」

そう小さく零して、眠る名前の額にそっと唇を寄せる。
甘やかな香りを胸いっぱいに吸い込んで、ノボリは初めて、女に生まれたことに感謝した。



(聖なる夜に祝福を)