クダリの腹にはジッパーがついている。
骨を連想させる色と質感のそれは、クダリの皮膚と綺麗に同化していて、それが自然であるかのようにそこに存在している。
聞いたところによると生まれたときからすでに在ったというのだから驚きだ。腹にジッパーをくっつけたその姿はまるで着ぐるみのようでもあり、聊か滑稽でもあった。
ご丁寧にきちんとついているスライダーを持って下に引くと、ジジジ、というあの独特な音を鳴らして何の苦もなく下へ下へとおりていく。
それに伴って生まれた隙間から覗いた赤色に知らず知らずのうちにごくりと喉を鳴らしていた。
下まで下ろし切ったジッパーから手を離し、クダリの身体をまじまじと見つめる。
腹部が開け広げられ、そこからクダリの内臓や血管が拍動しているのがよくわかる。
何度見ても不思議な光景に飽きもせず見入ってしまった私に向かってクダリは小さく「寒いよ」と零した。
確かに、外気に触れているのだから寒いのだろうけれど、それがあんまりにも普通な調子なものだからますます現実感がない。

「ごめんね」

私はそう返してから、ゆっくりと、大きく口を開いたその中へと両手を差し入れた。
ぬるり、と抵抗もなく入っていく腕。
クダリの体内は、生暖かい。
素手で触れる柔らかい内臓と固い骨の感触を楽しみながらゆっくりと、目的の臓器を探し当てていく。
どくり、どくり、他の臓器とは比べ物にならない一際大きな拍動を放つそれを両手で優しく包み込んだ。
それこそ文字通り、私に命を握られているというのにクダリは全く動じた風もない。
もし私がいまこの時にでも、手の中でも規則正しく動き続けるこの臓器を強く強く握ったら、それだけでクダリの命は儚く消えていくのだ。
じわり、少しだけ手に力を込める。クダリが「っあ、」と声を漏らした。

「痛い?」
「ううん、全然」
「そう。じゃあ、怖い?」
「それも、全然」

ふにゃりと笑って、クダリは首を横に振った。

「名前なら、いいよ」

それは、何に対してのいいなのだろうか。
私がクダリの家族以外は知らない秘密を知っていることか、それともこうして、クダリの身体に腕を入れていることか、はたまたクダリの心臓を握りつぶすことか。
その答えがなんであれ、クダリの心臓をつぶすなんてこと、私が出来るわけもない。
はあ、と小さく息を吐いて、手に収めていたそれを解放した。


ぐにゃぐにゃと柔らかいその器官を引っ張り出すとクダリは恍惚とした顔をする。
自分の内臓をこうして手慰みのように弄ばれるのはそんなに気持ちが良いことなのか。
私には一生かかっても理解できそうにない感情ではあるけれど、結局クダリが楽しそうならなんでもいい。
絡み付く腸を手で揉み舌を這わせ戯れに甘噛みをすると、抑えきれない喘ぎがクダリの口から漏れた。
それを聞くのが楽しくて、舌を刺すような鉄の味も不思議と不快には感じない。
血に塗れながら臓物を食む女とそれに感じる男、冷静になって考えてみればさぞかし異常な光景だろう。
けれどこの行為も私たちの愛情表現なのだから仕方がない。普通ではないのはクダリの方ばかりだと思っていたが、どうやら私も、随分と普通ではなくなってしまったようで。
けれど、それはクダリに近づけた証のようにも感じて、少し嬉しくなった。


全て終わったとき、いつもクダリは私の腹へと触れる。何かを確認するかのように、すりすりと表面を撫でさする。
そんなことをしたって、私の腹には残念ながらジッパーなんてものはついていない。
そんなことは百も承知だというのに、いつもクダリはこの行為のあとに私の腹を撫でては悲しそうに笑うのだ。

「私のそこには何もないよ、クダリ」
「…うん、知ってる」

ああ、ほらまた。眉を下げて悲しそうに。
その笑顔を見るたびに私の胸はずきりと痛む。

「…何もないけど、でも、中身はクダリと変わらないよ」

だからだろうか。慰めるような言葉を無意識のうちに吐いていた。
クダリは一瞬目を丸くした後、眩しいものでも見ているかのように目を細めた。

「そうかな」
「そうだよ」

人間なんてみんな、皮の袋に内臓やら骨やらが詰まっているだけだ。私だってそれは変わらない。

「いつか、名前の中も見てみたい」
「きっと、クダリみたいに綺麗じゃないよ」
「そんなことない、絶対、僕なんかよりずっと綺麗」
「見たことないくせに」
「見なくたってわかる」

名残押しそうに、クダリの手が私の腹から離れていく。
ジジジ、とあの音を響かせジッパーを上へと引き上げながら、私はそっと自分の腹を撫でてみた。
当然ながら、平らな皮膚があるだけだった。



(腹に詰め込んだ欲望)