朝はおはようのキスをしてそれから顔を濡らしたタオルで優しく拭いて朝はあんまり食べない君のために作った栄養たっぷりの野菜ジュースとヨーグルトを食べさせてあげて服を着替えさせて髪もきちんととかしてかわいい君をさらにかわいく彩ってあげるから世界で一番愛らしくて愛おしいその姿で仕事に行く僕のためにお見送りをしていってらっしゃいってキスしてくれたら嬉しいな。
昼は一人ででお留守番してる君が寂しくないように仕事の合間にメールするし電話もするよだから安心して僕が帰るのを待っててね。どんなに忙しくても君のために僕は夕方までには帰ってくるよ。え?仕事?なに言ってるのそんなのより君の方がずっとずっと大切だし僕が仕事しなくてもノボリがいるから大丈夫だよこんなこと言っちゃうともしかしたらノボリは怒るかもしれないけど僕別にそんなのどうってことないしむしろいくらノボリでも僕と君の時間を奪うなんてそんなのぜったいぜったい許さないから。
それでね、僕が帰ったらお帰りなさいって言ってまたキスしてくれたらそれだけできっと一日の疲れなんてどこかに飛んでっちゃう!そうやって玄関で一頻りいちゃいちゃしたら、僕すぐに君のためにおいしいご飯を作るからリクエストがあったらなんでも言ってね僕お料理一杯練習したから君もきっと気に入ってくれると思う。夜ご飯を一緒に食べてお風呂も一緒に入って夜の短い間の時間をテレビ見たりバチュルたちと遊んだりして楽しく過ごしてそれで眠たくなったらおんなじベッドで眠ろうね。おやすみなさいってキスをして、君が眠るまで子守唄でも腕枕でもハグでも、なんでもしてあげる!
生活に必要なことは僕が全部片付けるから、君はなにもしなくていいよ。それに、外は何が起こるかわからなくて危険だから、この家からは出ないで欲しい。ただ、ずっとここにいて僕に笑いかけてキスをして僕を愛してくれたらそれでいいんだ。それだけで僕は幸せだから。だから、ねえ、こんなところにいないで早く僕と一緒に暮らそう?

僕の問いかけに答えることなく、すやすやと眠り続ける名前の腕を取ると、まるで死んでるみたいに冷たくて、心臓が恐怖できゅっと縮まったのが分かった。
僕にはそれがどういう役割なのか全くわからない、たくさんのチューブとかコードとか、そういうものに繋がれた名前は人間というよりは人形のように見えてもしかしたらこれは名前じゃなくて名前の貌を模った人形なんじゃないかって思えるぐらい。
これが、本物の名前じゃなければどんなに良いか。そんな幻想に縋りたくなる程度には僕はもう疲れ切っていた。
毎日毎日、目覚めますようにと願い続けて名前の手を握ったまま眠って、ふいにその手が握り返されてハッとして目を開けたら名前が僕に向かって優しく微笑んでくれてる、そんな夢を見て、でも結局それは僕の願望が生み出した幻でしかなく目覚めたらまた無情な現実を突きつけられるだけだ。
もうずいぶん、お仕事も休んでいて、ノボリにも鉄道員のみんなにもお客さんたちにもすごく迷惑をかけているだろうに、時折僕と名前の様子を見に病院に来てくれるノボリは文句なんて一言も言わずにいてくれて、その心遣いが嬉しいけど申し訳なくもなる。
ずん、と気分が落ち込んで、じわりと涙が溢れそうになった。
こうやってどうにもならないぐらいに沈んだときは、いつだって名前が僕を慰めてくれてたのに。僕の頭を撫でてくれていた温かく柔らかな手はもうその面影を失って僕の隣に横たわっている。
こんなにも苦しいのに、こんなにも辛いのに、助けて、と声を上げたって目の前の名前は少しの反応も返してくれないんだ。
ぼろぼろ、堪えきれなかった涙が目の端から零れ落ちて僕の頬を濡らすけれど、それを拭ってくれる人は誰も居ない。



(冷たくなった君に乞う)