「名前様、本日もギアステーションのご利用真に有難う御座います。先日お別れしてからおよそ半日、名前様に再びお会いするこの時を今か今かと待ちわびておりました。わたくしあなた様と離れている間一分一秒をまさに胸の潰れるような思いで、今にも死んでしまうのではないかと半ば本気で思いましたが、その苦しみもこうして出会えた喜びの前には取るに足らない障害、いえ、むしろ苦しい思いをしたからこそこんなにも再会が喜ばしいものに変わるのかもしれませんね。どんなに苦しくても名前様のためならばわたくしいくらでも耐えることができるのです。しかし、わたくしが苦しむのは構いませんが、名前様にこのような離別の痛みを味わわせてしまうことはわたくしの本意ではございません。そこでわたくし考えたのですが、やはり愛し合う二人が引き裂かれるという酷い仕打ちがそう何度も行われて良いわけがありませんし、ここはもうお互い二度と離れることがないようにしてしまったほうがよいのでは、と、そう思った次第でありまして、そんな折丁度良く名前様と再会できるとはこれはもう運命に違いありません、そうわたくしと名前様が結ばれることは遠い前世で既に決められていたのですというわけでわたくしと結婚してくださいまし」
「何がどういうわけなのかちょっと分かりませんけどお断りします」

即答すると、ノボリさんはがぁんという擬音がぴったりなほどに分かりやすく驚愕に目を開いた。
この反応から見るに断られるだなんて微塵も思っていなかったようでそのどこから来るかさっぱりわからない自信が恐ろしい。まあその自信もたった今わたしの一言によって脆くも崩れ去ったわけなのだけれど。
ショックのあまり崩しかけた体制をどうにか取り直して、ノボリさんは次の瞬間本当に人間かと疑うようなスピードで制帽の鍔が当たりそうなほどの距離まで迫ってきた。

「な、なぜでございますか…!?わたくしにどこか至らない点が!?」
「ええー…至らない点っていうか、その、私ちょっと前世とかそういうの信じてないんで」
「なんですって…!」

ずしゃあ、と、今度こそノボリさんが膝から崩れ落ちた。
今までなんとなくこちらに注目していた(なんてったってノボリさんはここでは超有名人物だ)周りの人たちがざわざわとざわめきだしてなんとも居心地が悪い。

「では、あの時わたくしが感じたあの運命の導きを、名前様は感じなかったのでございますか…!?」
「えーと、まあ、そうなりますかね…?」
「なんと…!なんということでしょう…、わたくしと名前様を繋ぐこの強固な絆が、最も分かち合っていただきたい方に伝わらないとは、ああ、これもまたわたくしに課された試練とでもいうのですか…!!」
「ノ、ノボリさんもうちょっと声落としませんか…!」

興味本位で遠巻きに会話を聞いていた人たちが、ノボリさんの口から飛び出す運命の導きだとか試練だとかそういった類の単語に若干引き始めているのが分かる。
ここバトルサブウェイに入り浸るバトル狂達の誰もが目指すサブウェイマスターがこんな電波さんだったなんて、いったい誰が想像できただろう。
その電波に多分一番晒されているであろう私でさえいまだに信じたくないのだから、その気持ちも分かるけども、私も同類として見られていそうなあたり私は違うんだと声を大にして言ってやりたい。
私だってまだ何も知らなかった、ノボリさんの事は噂だけでしか聞いたことがなかったころは、多少憧れなんかを抱いたりもしていたものだ。
まあ、その憧れも初めて辿りついたノーマルトレイン21戦目、扉をくぐってさあようやくご対面だと意気揚々と乗り込んだその7両目で全く初対面の彼に跪かれ腕を取られ割とイっちゃってる目で「ああ…!あなた様こそわたくしの運命の相手…!」とか言われた瞬間に儚く消え去ったわけだけれども。
今となっては遠い過去に思いを巡らせていたせいか、ノボリさんがいきなり動き出したのに反応できず、気づけば私はいつの間にやら立ち上がっていたノボリさんにがっしりと両手を掴まれていた。

「名前様、わたくし決心いたしました」
「…な、なにをでしょう…?」

気合の籠った声で宣言されて、何やら嫌な予感しかしない。
ずい、と顔を覗きこまれて、真正面から見据えたノボリさんの決意に燃えた瞳は爛々と光っているように見えた。
凄むときに顔を近づけるのは彼の癖なのかなんなのか、ただひとつわかったことは美人のアップは心臓によくないということだけだ。

「名前様が信じていらっしゃらなくとも、わたくしたちの運命はゆるぎないもの、であれば、名前様にそれをお分かり頂くべく、わたくしこれからも努力してまいります!」
「いや、そんな決意されても困るんですけど。というかあの、とりあえず顔が近いですノボリさん」

会話をしている間にも、ぐいぐいとノボリさんは接近を続けていて、顔を逸らすのももう限界だ。
とはいえ押し返そうにも私の手はノボリさんの手の内で、文字通り手の打ちようがない。

「成程、見つめあうと素直にお喋りできない、と、そういうことでございますね!」
「いえ全然違いますから」
「そう否定されずとも良いのですよ。名前様は本当に恥ずかしがり屋でいらっしゃいますがそれが悪いというわけではなくむしろそのおくゆかしさも名前様の魅力の一つでありわたくしも非常に好ましいと思っておりますので安心してくださいまし」
「人の話聞きましょうかノボリさん」
「自慢ではありませんがわたくし名前様の言葉を聞きのがしたことなど一度たりともございません!」

きりっと言い切られるが、その割にノボリさんとまともに会話が続いたことがない気がするのはきっと私の気のせいではない。
現に、既に私の目の前ではノボリさんワールドが展開されていた。

「なぜそのようなことを仰られるのでしょうか…はっ、まさか、わたくしとの会話に何か不満が!?ああ、でしたら今からわたくしとじっくりお話をする時間を持ちましょうわたくし聞き役に徹しますので名前様が話したいと思われることをなんでも仰ってくださいまし!では、応接室へ出発進行ーっ!!」

言うが早いか、私の答えすらも聞かず、ノボリさんは私を担ぎ上げるとそのままギアステーション内を恐ろしいスピードで歩き始めた。
すれ違う人たちの視線が痛くて、私は慌ててノボリさんへ声をかける。

「ちょ、ちょっと待ってくださいノボリさん!私何も言ってない…!」
「いいえ、何も仰られずとも名前様の言いたいことは全て分かっております!今から有給を取らせていただきますので、わたくしとゆっくりじっくりお話いたしましょう!」
「えっ、待って、ちょっと落ち着いてください!有給とか取らなくても良いですしお話もしなくていいですから!」
「遠慮などなさらないでくださいまし。わたくしにとっては名前様が一番重要なのですから名前様のためとあれば有給を消費することなど痛くもかゆくもありません!」
「誰もノボリさんの有給の心配とかしてないですし!ほんと人の話を聞いてください…!」

誰かこの男を止めてくださいわりと本気で!



(ノンブレーキ暴走トレイン)