午前中最後のバトルはスーパーマルチ。勿論わたくしたちが勝利を収めましたが、スーパーの名に相応しい、中々緊張感のある良いバトルでした。
程よい疲労感を抱え、少々遅い昼食を取ろうかとクダリと二人、鞄から可愛らしいお弁当箱を取り出したとき、コンコンと控えめに扉がノックされすまなそうな顔をしたカズマサが入ってきました。

「休憩中にすみません、ボス、急ぎの書類なんですけど…」
「わかりました、少々お待ちくださいまし」

手に取っていた箸をおいて、書類を受け取りました。クダリはといえば我関せずとばかりにもうお弁当を食べ始めているのですから、まったく困った妹だと言わざるを得ません。とはいえ基本的に事務作業はわたくしの担当のようなものですから構いませんが。
わたくしがざっと書類に目を通している傍らで、カズマサがクダリが食べているお弁当へ目をとめたようで、感心したような声をあげました。

「あれ、ボスのお昼って手作り弁当ですか?美味しそうだなぁ…!」

ボスって料理も得意なんですね!ときらきら目を輝かせるカズマサに苦笑を返しつつ、半分は否定をしておきます。

「確かに手作り弁当ですが、わたくしたちが作ったものではありませんよ」
「そうそう、ぼくもノボリも料理とか全然できない!」

決して自慢できるようなことではありませんが、えっへん!とでも言いたげに普段から無駄に大きな胸を更に張っているクダリにはそんなこと言っても無駄というものでしょう。わたくし別にクダリに嫉妬などしていませんよ、ええしていませんとも。抑々胸なんてものは突き詰めれば脂肪の塊であっていくら大きかろうが日常生活にはなんの利点もないわけですし?むしろ常に胸部に重石を括り付けているようなものだと思えばあって百害ではないかと、わたくしそう思うのですがいかがでしょうか。何度も言うようですが断じて羨ましいなどとは思っておりませんし嫉妬もしておりません。わたくしはただ私見を述べただけでございます。
などと思考を逸らしている間にも、クダリとカズマサの会話は続いていたようで、カズマサが当然浮かんだであろう疑問を投げかけていました。

「え、じゃあ誰が?」
「あのね、これは名前が作ってくれてるの!」

名前を言ってもカズマサはわからないでしょうに、それで話は終わったとばかりにお弁当をつっつきはじめたクダリに代わってわたくしが簡単な説明を付け加えました。

「名前はいまわたくし達と一緒に暮らしている方のことですよ」
「一緒に?家族とか親戚の方ですか?」
「ううん、違うよ。名前はね、ぼくらの友達!」
「えっと、ルームシェアってことですか?」
「…まあ、そのようなものでしょうか」

僅かに持たせた含みには気づかずに、へぇ、と相槌を打ったカズマサが「名前さんってどんな方なんですか?」と重ねて聞いてくる。その食いつきに気をよくしたのか、クダリが上機嫌でそれに応えておりました。
正直、余計なことまで口を滑らせるのではと、表向き聞き流して真面目に仕事をしている風を装いながらも、わたくし気が気ではありませんでした。

「名前はね、料理とかお掃除とか、そういうのすっごく上手!ぼくらの代わりにお家のこと全部やってくれるの!」
「へえ…、じゃあ名前さんはお仕事はしてないんですか?」
「うん、やってない」
「休職中、とかじゃないんですよね?だったら名前さん大変じゃないですか?」
「え、なんで?」
「なんでって、もしルームシェアをやめるときがきたらボスたちは仕事があるからいいですけど名前さんは何もないじゃないですか」
「んー、それはそうだけど、でもぼくらルームシェアやめたりしないし」
「でも、ボスたちはそのつもりでも名前さんからそういう申し出があるかもしれませんよ。名前さんだってボスたちとおんなじ年代なら恋人が出来たり、とかも考えられるわけですし」
「それはないよ。名前ぜったいお家から出ないのに出会いとかあるわけない」

あ、口を滑らした。わたくしも、当の本人のクダリも、ほぼ同時にそう思ったことでしょう。思わず書類へ向けていた顔を上げると、しまったという表情のクダリと視線が合いました。

「え…?出ないって、一歩も、ですか?」
「あー…、うん。その、事情があって」
「事情?でもそれって、失礼ですけど、なんかちょっと変じゃないですか?」

疑問に思ったことを聞かずにいられないのはカズマサの素直さの表れで、そんなところがカズマサの良いところだと理解はしていても、今回ばかりは話が別でございます。
これ以上この話題を掘り下げられては困ると、わたくしは急いで終わらせた書類を半ば強引にカズマサへ手渡しました。

「カズマサ、終わりましたよ。急ぎの様ですし、早く持って行った方がよろしいのでは?」
「あ、ありがとうございます!じゃあこれで失礼します!」
「迷わないように気を付けるのですよ」

途端にわたわたと慌てて執務室を出て行ったカズマサを見送り、静かになった室内で大きなため息を一つ。相手は言うまでもなくクダリに対してでございます。

「クダリ、喋りすぎですよ」
「う、…ごめん」
「まったく、わたくし本当に胆が冷えるかと思いました。今度からは気を付けてくださいまし」
「はぁーい」

なんとも気の抜けた返事に、ふぅ、と息を吐いて、わたくしはクダリの頭へ拳骨をひとつ落としました。


「ただ今もどりました」
「ただいまー!」
「ノボリ、クダリ、お帰りなさい!!」

ぱたぱたとスリッパの軽い足音をたてて、出迎えに来てくれた名前にクダリがふざけて「お帰りのチュー!」と催促すると、名前も笑いながらクダリの頬へキスをします。
続いて、「はい、ノボリにも!」と頬に柔らかい感触。ふわりと名前から、今晩のおかずでしょうか、おいしそうな香りがしました。
どんなに遅くなっても家に帰れば電気が点いていて温かいご飯がでてきて、なにより名前が待っていてくれる。これほど幸せなことがこれ以外にあるでしょうか。
まあ、健康にもよくありませんし、以前あまり遅くなるときは先に寝ていてもよいですよと伝えたのですが、
「二人が居ない時に寝たりしてるし、それに二人が帰ってくるのを待つのが好きなの」
などと笑いながら言われてしまえばそれ以上強く止めることなどできるわけがないでしょう。
あまりにも健気で可愛らしすぎてクダリと二人、感動のあまりに可愛い可愛いと連呼しながら名前を満足するまで抱きしめたのも良い思い出です。
「今日のごはんは自信作なんだよー」と、甲斐甲斐しく家事をしてくれる名前の姿に、自然と頬が緩みました。
目を細めそれを見守っていると、ふと、今日のカズマサとの会話を思い出しました。食器を用意してくれていた名前に何気なく問いかけます。

「名前」
「ん?どうしたのノボリ」
「この生活になにか不満はございますか?」
「何もないけど?」

きっぱりと即答されて、当たり前だとはわかっていたものの内心安堵いたしました。
それまで黙ってことの成り行きを見守っていたクダリが「だよねえ」と相槌を打って、なぜ突然こんなことを聞かれたのだろうとも言いたげにきょとんとしていた名前に事の次第を話し始めました。

「今日ね、部下に名前のことちょっと話したんだけど、変じゃないかって言われちゃった」
「変って、なにが?」
「名前が外に出ないのが」
「えー…なんで?」

不思議そうな顔で首を傾げる名前は本当になぜそんなことを言われたのか、理解できないという口ぶりで更に続けました。

「私は二人が居てくれればそれでいいし、外に出る必要なんてないじゃない?」

まるでそれが自然なことのように事も無げに言い放ち、「それよりごはん食べないと冷めちゃうよ」という名前にしたがって、わたくしたちは食事を始めました。おかずを口に運んでみると、自信作というだけあって本当においしく、自然と「たいへんおいしいです」という言葉が漏れました。

「うん、ほんとにこれおいしい!」
「えへへ、ありがとう!」
「お礼なんて、本当のことを言っているだけですから」

この光景も他人が見れば歪んで映るのでしょうか。けれど、わたくしもクダリも、幼いころからもう一人の姉妹同然に育ってきた名前のことを大事だとおもうその気持ちに一切の偽りもありません。大事だからこそ傷ついてなどほしくない、であれば、傷つかないように外界から断絶して常にわたくしたちが守っていれば良いと、そう考えるのはある意味当然のことでございました。物心ついたころからクダリとともにそう心に決め、可能にするだけの経済力を手に入れた後にそれを実行して早数年。当初はただ困惑していただけの名前も、今ではわたくしたちの思いを理解して、それを受け入れてくれるまでに至ったのだと思うと少々感慨深い面持ちがいたしました。
例えその形態が世間一般で言うところの軟禁であったとしても、わたくしも、クダリも、そして名前も、誰一人不満も疑問も抱えていないのなら何も問題などありはしないのだと、わたくしそう思うのです。これが間違った考えだったとしても構いません、わたくしたちは今確かに幸せなのですから。



(あなたのためのミニチュアガーデン)