「あぁっ!毒虫が逃げたっ!」
「ちょ、また!?孫兵、いい加減にしてよね!」
「す、すみませーん!」
「とにかく、捕まえるんだっ」

バッ ピョン
竹谷先輩の箸から逃げた毒虫は一直線に私の方へ飛んできて。
私は女の子らしからぬ大声で叫んでしまっていた。

「ひぎゃあああああ!!こっちきたぁぁああ!!」

悲鳴を上げて毒虫から逃げる私に、驚いたような竹谷先輩の声が飛ぶ。

「なっ!? なんで逃げてるんだ苗字、捕まえてくれ!」
「いやぁぁあああ!
無理です。無理無理無理、絶対無理、気ー持ーちーわーるーいー!!」

ずだだだだだだ
竹谷先輩の言葉を無視して、部屋から抜け出した。
すいません、竹谷先輩。いくら竹谷先輩の頼みであってもそれだけは聞けないんです。
虫に近づくだなんて、絶対に、無理!

「竹谷先輩、苗字先輩行っちゃいましたけど…」
「と、とりあえず俺は苗字を追うから、お前達は毒虫を捕獲しておいてくれ」
「はーい!」


ああ、逃げ出してしまった…。駄目じゃん私。全然使えないやつじゃん……。
魔の委員会から抜け出したは良いけれど、その後にやってきたのは自己嫌悪の嵐。
自分が情けなくて、じわりと涙が滲み始めたときだった。

「苗字っ」
「た、竹谷先輩」

かけられた声に驚いて、ぐいと忍び装束の袖で目元をぬぐって振り返る。
追ってきてくれたんだろうか、委員会が大変なのに迷惑をかけてしまった。
そう思うとまた涙が出てきそうになったけれど、ぐっと我慢する。

「お前、虫苦手だったのか?」
「……はい」

ここまでくれば隠すことも出来ない。
正直に頷けば、竹谷先輩は不思議そうな表情で「ならなんで生物委員に…?」と呟いた。
竹谷先輩が疑問に思うのも当然のことだし、ごまかしたって意味が無い。
これを言うのは告白するのと同じだけど、でも、言うしかない。
そう思った私はこれまた正直に生物委員に入った理由を竹谷先輩に話す。

「……好きな人が、生物委員に入ってて。
その人、すごく面倒見が良くて、頼もしくて、かっこよくて。
でも、学年が違うから普段は逢えないから、同じ委員会に入ればって思ったんです。
……不純な動機ですよね。こんなので虫たちのお世話しようだなんて……ほんと、ごめんなさい」
「…」

頭を下げて謝ると、竹谷先輩は黙りこくってしまった。これはもう、呆れてるに違いない。
顔を上げるのが怖くて、俯いたままでいたら、「…はぁ」と竹谷先輩がため息をつくのが聞こえた。
ざくざくと土を踏む音と共に竹谷先輩が近づいてきて手が上に挙げられる。
思わず身体を硬くしたけれど、頭にやってきたのは衝撃じゃなく、温かい先輩の手のひらだった。

「…」

恐る恐る顔を上げると、先輩は呆れたような顔をしながらも、口元には笑みが浮かんでいて。

「……あの、先輩。…怒らないんですか」
「確かにちょっとムっとしたけど、ここで俺が怒ったってなにも変わんないだろ」
「ほんとうに、すいませんでした」

もう一度深々と頭をさげると、竹谷先輩は励ますように私の肩をぽんぽんと叩いた。

「だから良いって。それより早く虫に慣れるように特訓だな。俺も付き合うからさ」
「……っ、ありがとうございます、頑張ります!」

思いがけない申し出に一気に気分が高揚していく。

「じゃあ戻るか」
「はいっ!」

おおきく返事をして、私は竹谷先輩の横に並んで委員会へと戻り始めた。


「それにしても、苗字の好きな人が孫兵だったなんてな!」
「は、はぁっ!?(な、なんで孫兵!?)」
「あー、大丈夫大丈夫本人には言わないから」
「え、あ、その」
「委員会の当番も出来る限り調整するし!」
「ちょ、え、せんぱ、」
「そっちに気を取られて虫さんたちの世話を忘れられても困るけど、ま、相手が孫兵ならそんなこともないか」
「ち…ちが……」



(察してください)



私が好きなのは孫兵じゃなくて先輩なんです!