体調を崩して仕事を休み、1週間ぶりに出勤した私を待っていたのは随分熱烈かつ痛々しい歓迎だった。

「名前!やっと会えたあああ!!」

お腹のあたりに手を回し、ぎゅうぎゅう抱きついてくるクダリさんにとっては熱い抱擁のつもりなのかもしれないが、私にすればこれは完全に鯖折りだ。現にいまちょっと足浮いてるし。
そして抱きつきながらやけに頭をぐりぐり胸に埋めてこようとしてるのは確実にわざとだった。なにこのオープンセクハラ。
技をキメられ力が入らない腕でどうにかこの拘束から抜け出そうともがいてみるものの、力の差は埋めがたくクダリさんは動じていない。

「ぐえええクダリさん離してもらわないとほんとそろそろ中身出ます」
「そうですよクダリ!なんと羨ましいのでしょうさあはやくわたくしと交代なさいまし!」
「ノボリさんそれ違う」

こっちは必死だというのに、この場で唯一クダリさんを止められるであろうノボリさんがさっぱり役に立たないことに私は絶望した。
そろそろ本気でやばい、呻き声をあげることすら困難になってきて意識が飛ぶ寸前、ぱっとクダリさんの手が離れ私はようやく解放される。

「では次はわたくしから再開の喜びを込めた抱擁を…」
「しようとしたら本気でノボリさんのこと殴りますからね」

まだダメージが回復していないというのに、再び鯖折りされそうになったらいくら温厚な私でもキレる。
ドスの利いた声で釘をさすと、ノボリさんは「あ、はい…」とすごすごと引き下がった。
全体的に骨が痛い。折角職場復帰したというのにどうしてこんな目に合わなきゃいけないんだろう私。

「あの、私今日病み上がりなんですよ知ってました?」

あまりにも理不尽すぎて、嫌味の一つでも飛ばさずにはいられない。
といってもこの人たちは私の嫌味に動じるような人たちではないから、無意味だとは知っているけれど。

「そんなの知ってるに決まってるじゃん」
「ええ、ええ。わたくしたちも大変心配しておりました。看病をしにいこうとご自宅まで窺ったこともあるのですよ。残念ながら既に実家へ戻られた後でしたので叶いませんでしたが…」
「そうそれ!ぼくたちそれ名前に言いたかった!なんで実家帰ったの!」
「ええええ…だって実家近いですし、病気の時は一人より誰かいる方が安心じゃないですか」
「ですから、そういうときであるからこそわたくしたちを頼っていただきたかったのです」
「いや、普通に親を頼るでしょう」

親より上司を頼れなんて、冗談のようなセリフでもノボリさんとクダリさんにかかれば本気に聞こえてくるのだから恐ろしい。というか、この二人は確実に本気で言っている。

「だからつまんないの!いつもお世話になってるお礼にぼくたちが名前をお世話するフラグだったのに!」
「そんなフラグはたたき折ってやります。というかお世話した覚えなんてないんですけど」
「いいえ、わたくしは毎夜名前様のことを想いオカズにしておりますので、お世話になっているといっても過言ではないかと」
「あ、それぼくもー」
「うわああああああお二人とも何言ってるんですか!!」

公衆の面前で何を言ってるんだこの人たちは。ほらみろジャッジさんがぎょっとした顔でこっち見てるじゃないか!
あははーとジャッジさんに曖昧な笑顔を返して、「ちょ、っと!あっち行きますよ!」と、私は二人をぐいぐい従業員通路の方へ押しやった。

「えっなにこんな人気のないところにぼくら連れ込んで…もしかしてぼくらの話きいてむらむらしちゃった?」
「しかしここは職場…いえ、わたくし個人としてはそのようなシチュエーションも大変燃えるのですが」
「違いますからね!…っ」

よからぬ妄想をし始めた二人に怒鳴り返したとき、ずきんと頭が痛んだ。朝家を出たときはもう熱も下がっていたのだれど、こちらへきてぎゃあぎゃあと騒いでいるうちにどうやら少しぶり返してきたようだった。
反射的に顔を顰めてしまった私を見て、ノボリさんが気遣わしげな声を上げた。

「…?どうなさいました、名前様」
「名前、どうしたの?頭痛いの?」
「あー…はいちょっと。でも大丈夫です」

私の一瞬の表情の変化を目ざとく見とがめた二人に少し驚きながらも、そう軽く返す。
けれどノボリさんもクダリさんもまるでこの世の終わりとばかりに沈痛な表情をしていて、私は面食らってしまった。

「申し訳ありません、名前様。少々悪ふざけが過ぎてしまいましたね…」
「…ごめんね、名前」
「え、いやその、あの別に大丈夫なので…」

珍しくしおらしい態度をされてなんだか落ち着かない。

「ううん、全然大丈夫じゃない。だって名前昨日まで休んでた」
「そうでございます。ご自分でも病み上がりだと仰っていたでしょう」
「やっぱり今日は大事とって休むべき!」
「え、」
「ええ、わたくしもそう思います。わたくしが話を通してまいりますので、名前様はどうぞご帰宅の準備を」
「へ、ちょ、ま、」

あれよあれよという間に更衣室へ連れやられ、ばたんと扉を閉められる。
ノボリさんもクダリさんも、目が本気だった。たぶん今頃、私の部署に病欠の連絡をしているに違いない。つまりこれは、私にはもう帰るという道しか残されていないというわけで。
私以外誰もいない静かなロッカールームで制服から私服へ着替えながら、やはり彼らなりに私を気遣ってくれたのかなぁとぼんやり考える。
行動こそは強引だけれどこうやって時折見せる優しさがすこしくすぐったくて、普段のセクハラ発言さえなければいい上司なのにな、なんて血迷ったことすら考えてしまう。
ああ、やっぱり熱があるみたいだ。だって顔がこんなに熱い。



(上司は変態だけどついていけるかもしれない)