怖い目にあったのだと、彼女は泣いた。慰めようと抱きしめた身体は自分の想像以上に小さく、細く、少しでも力をこめればそれだけで折れてしまいそうだった。
守らなければ。唐突にそう思う。守らなければ、このか弱く脆く壊れやすい生き物を。
でもどうやって?なにかあったときいつでも自分が駆けつけられるわけではない。自分が居ない時に、もしなにかあったらどうする?どうしよう、どうしようどうしよう。
バトル以外では使うことのない頭をフル回転させてたどり着いた結論は、とてもシンプルなものだった。


不穏な気配を感じて、目が覚めた。とたんにどアップで視界に飛び込んできた顔に、悲鳴だかなんだかよくわからない音が口から洩れる。

「やっと起きた!おそよう名前」

にこにこと、起き抜けの私には少々眩しすぎる笑顔とテンションでクダリは告げた。
おそよう?もぞもぞとベッドサイドに置いてある時計を見れば時刻はもう昼過ぎで、なるほど確かにおそようと言われてしまっても仕方ない。というか、仕事はどうしたクダリ。
私の言いたいことを察したのか、クダリは「ぼく今日はお休みもらってる」とあっけらかんと言い放った。

「だからね、名前が起きるのずっと待ってたのに、全然起きないからぼく退屈だった」

全然起きないほどに消耗しているのはいったい誰のせいだと思ってるんだ。そんな文句を込めて睨みつけてやっても、クダリは全然動じていない。
むしろいそいそと私の寝るベッドに上がってきて、なぜだかマウントポジションを取った。
うわあすごく嫌な予感、なんで朝っぱらから盛ってるのこいつ。ああ、そういやもう朝ではないのか。

「この前名前が寝てる間にしたらすっごく怒ったでしょ?だから今回は名前が起きるまでちゃんと待ってた」

偉い?ねえ偉い?無邪気に問いかけてくるクダリに偉いわけがあるかと返してやりたい。
けれど寝起きで掠れた喉は満足に言葉を発することもできず、私にできる抵抗はただただ首を振ることと、性急に服を剥ぎにかかる腕を掴んで止めることだけ。

「む、なんで嫌がるの!」

なんでと言われても疲れているからとしか答えようがない上に、それを伝えるために口を動かすことすら億劫で、私はまるで聞き分けのない子供の様に首を振る。この状況では聞き分けがない子供なのは確実にクダリの方だけれど。
むすっとした顔をしながらも、クダリは基本的に私の嫌がることをしようとはしない。
どうやら私が起きるまで我慢していたらしいクダリには悪いが、今日はこのままゆっくりさせてもらおう。
そんな私の甘い考えは、クダリの衝撃発言によって軽く覆された。

「じゃあ中にはいれない!これでいいよね!」
「!ちょ、待っ…げほっ」

なんて勝手な自己完結。そういう問題ではないと言いたかったのに、咳き込んでしまって言葉が続かない。
無理だ無理。入れようが入れまいが、体力が持たないのだから絶対に無理。
ひり付く喉を無視して上げようとした声は、クダリによって物理的に阻止された。

「っ!?」

がぶり、喉元に噛みつかれ、喋ることを許されない。
私の身体に刻み付けるように、がじがじと何度も何度も同じ場所を噛まれ続ける。
痛い、けれど悲鳴を上げればクダリが怯んでしまうのが分かっていたので、歯を食いしばって耐えた。
別に私だって、クダリを邪険にしたいわけじゃない。出来ることなら、クダリの好きなようにさせてやりたいとは思っているんだ。体力的な問題でできないことの方が多いけど。
やっと喉元から口が離れる。そこに残っているであろう噛み跡を見て、満足そうにクダリが笑った。

「ごめんね、痛かった?」
「…痛かった」
「うん、ごめんね」

ごめんねという割に、クダリは楽しそうだ。そこをなぞるように舐めあげられ、ぞわぞわした感覚が背筋を走る。
いつの間にかクダリは上半身を晒していて、私の服は肌蹴られていた。
ああ、これはもう流されてしまう、それを悟って私は覚悟を決めた。

「クダリ、こっち」
「ん?」

顔を近づけてきたクダリに、お返しとばかりに噛みついた。喉だと制服を着たときに隠れないから、肩口に。
一瞬だけ、クダリの身体が強張ったのが分かったけれど、その後はおとなしくされるがままにしていた。
思う存分噛んでからゆっくり口を離すと、その肩には私の歯形がくっきりと残っていた。

「名前?」
「だって、クダリばっかりずるいじゃない」

私にも残させてよ、今からクダリにつけられるであろうそれに負けないぐらいたくさんの証を。
クダリが私に身体を寄せる。今度は反対側の肩口へ噛みつく。痛いはずなのに、クダリはやっぱり笑っていた。

「痛くないの?」
「ううん、全然。だってこれ、名前がぼくのこと好きな証。むしろ嬉しい」

このマゾめ、呟いた言葉は、名前もでしょと返されてしまえば何も言い返せなくなる。確かに、痕をつけられるのは嫌いじゃない。
でもそれは、私がマゾだからじゃなくて相手がクダリだからであって、たぶんクダリだって同じはずだ。
だって私がクダリのものであるのと同時に、クダリだって私のものなんだから。
だからその証を、たくさん残してやりたいし、たくさん残されたいと、そう思うのは至極当然のことなんだと思う。



(二人ぼっちの世界)
(指を絡めあいながら、お互いの身体を傷つけあうこの関係がひどく心地よい)