落し物を見つければ保管所に届けに行き、迷子を見つければ親を一緒に探し、率先してぱたぱたと忙しなくギアステーション内を動き回る姿に激しい違和感を覚えたノボリは、その小さな人影を呼び止めた。

「名前」
「はい、なんですかボス。あっもしかしておつかいとかですかだったら私喜んで行ってきま―」
「違いますので、少し落ち着きなさい」
「あ、はい」

すぐにでも外へ飛び出していきそうな名前を一度落ち着かせる。
まさか利用者の前で問い詰めるわけにもいかないので職員専用の通路の方へと誘導すると、呼び出された理由が分からず首を傾げながらも名前はおとなしくついてきた。
廊下の片隅、他の職員には邪魔にならない場所で、二人で向かい合う。不満げに、名前が口を開いた。

「なんですか、ボス。私、今日はちゃんと仕事してますし、呼び出しくらう理由が思い当らないんですけど…」
「ええ、それはそうですが…」

確かに、今日の名前は自ら動きとてもよく働いている。しかしどちらかと言えばさぼり癖のある部下が普段なら面倒くさがるような雑用まで進んで行う姿は、ノボリにしてみればむしろ何かやらかしたのかと勘繰ってしまうものだった。

「わたくしに何か隠し事でもしているのでしたら早めに自首した方が罪は軽くなりますよ?」
「ちょ、なんでそういう何かしたの前提で話が進んでるんですか」
「あなたが真面目に仕事をする理由がそれぐらいしか思いつきませんので」
「ボスひどい!私だってたまには真面目に仕事するんですよ!」

そのたまにはというところがすでに問題ではあるものの、自信満々に胸を張る名前はそんなことには気づいてもいない。
対するノボリも、わざわざそれを指摘すればまた騒がしくなることは目に見えていたのでそこはさらりと流す。
とにかく、ノボリの知る限りではなにか問題が発生しているわけではないし、それこそ信じられないようなことではあるがようやく仕事に対して自覚とやる気をだしてきたのかもしれない。
ならば駅員としての成長を見守るのもまたサブウェイマスターとしての自分の役目と言えるだろう、ノボリはそう考えて、いくら日頃の行いがよろしくないとはいえ、何かしたのかと真っ先に疑った自分を少し恥じた。

「そうでございますね…、あなたもようやく社会人としての自覚が生まれたということでございましょう」

引き留めてもうしわけありませんでした、と続けようとしたノボリのセリフはぴしっという異音によってさえぎられる。
続いて、ぴしぴしと何かが罅割れる音が続き、ぱきっ。と一際大きな、ノボリや名前のような大凡廃人と呼ばれるトレーナーにとってはよく聞きなれた音が名前の懐から響いた。
それと同時に、その胸元がもぞもぞと不自然に動きだす。
二人の間に、とても冷たい空気が流れた。

「…名前」
「っちがいますちがいますボスの空耳です目の錯覚です私はなにも知りません」
「わたくしはまだ何も言っておりませんが」
「うっ……」

これでは完全に何かしていると白状したも同然で、名前は心の中で墓穴を掘った自分を呪った。

「さあ今すぐ上着を脱いでその懐に入っているものを出しなさい」
「上着脱げなんてボスまじセクハラですよセクハラ!」
「人聞きが悪いことを大声で叫ばないでくださいまし!」
「ぎゃん!!」

なおもはぐらかそうとする名前の頭に、とうとうノボリの拳が落ちた。

「いったあ!馬鹿になったらどうするんですか!」
「心配しなくともあなたはこれ以上馬鹿になりようがありません。もう一度食らいたくなければ早くしなさい」
「はぁーい…」

観念して名前はもそもそと制服の上着を脱ぎ始める。それが終わるか終らないかのうちに、この騒動の原因が姿を現した。

「ばちゅ!」

そんな鳴き声とともに制服の裾からもぞもぞと這い出てきたのは、生まれたばかりのバチュル。
すうっと、ノボリが息を吸った。その後に落ちてくる雷を予感し、名前はぐっと肩をすくめた。

「あなたという人は!勤務中に何をしているのですか!」
「だって仕事終わったら疲れちゃってて、休日だけだと孵化作業が全然間に合わないんです!」
「そんなことは聞いておりません!」
「痛い!」

再び拳骨を落とされ、こころなしか涙目になった名前が抗議するように口を開く。

「暴力反対!」
「口で言ってもわからないのはどこのどなたですか!全く、少しでもあなたを見直したわたくしが馬鹿でした!」
「でも駅員の戦力増強はボスだって嬉しいでしょう!?仕事ちょっとは減りますよ!」
「そういう問題ではありません!とにかく、今日は残業してでも始末書を提出していただきますので」
「うああああんボスのおにいいいい!」
「鬼で結構でございます!」
「そんなことしたらまた孵化作業の時間が減るじゃないですかあああ!!」
「っ、この期に及んで、あなたはまだそんなことを仰っているのですか!!そこに直りなさいその性根わたくしが今すぐ叩き直します!」

ここが廊下ということも忘れ、まるでコントのような言い争いを繰り広げる二人を、他の駅員が生暖かい視線で見守っていたことを二人は知らない。



(冷静な人の怒らせ方)