こんこんと玄関がノックされて、扉を開ければ友人でもある彼が立っている。
私は笑顔で彼に朝の挨拶をしようと口を開いて、その喉が音を紡ぐ前に腹部に激痛が走り視界が真っ赤に染まっていった。
ぐらりと身体が後ろに傾いでいって、流れていく世界の中で、吊り上った口元が妙に目についた。


「で、そこで目が覚めたの」

偶然出会ったノボリとそんな話をしながら、昼食をとる。
いつも勤務時間中は地下に篭っているのに珍しく日中に外に居るものだから仕事はどうしたのかと問えば、緊急点検で早く上がることになったのだと教えられた。
なんでも、とても強い挑戦者とのバトルに夢中になりすぎた結果、気づいたら車内に大穴があいてしまったらしい。
前々から思っていたけれど、電車内でバトルとかちょっとクレイジーすぎないだろうか。空を飛ぶとか正直どこに飛んでるのっていう。
とはいえこんなことを言うと目の前のバトルサブウェイ責任者に怒られてしまいそうなので口には出さないけれど。

「…そうですか、そんな夢を」
「変な、っていうか縁起でもない夢でしょ?だから朝から気分が悪くってさぁ」

そういいつつハンバーガーをぱくりと頬張ると、それを見ていたノボリが呆れたように息を吐いた。

「気分が悪いというわりに、よく肉が食べられますね」
「え、だってどうせ夢だし」
「夢…、まあそうでしょうね。貴女はこうして怪我もなく元気でいらっしゃるのですし」
「うん?だから最初からそう言ってるじゃない。夢の話だって」

妙に含みを持たせた言い方をしたノボリが気になってその顔色を窺ってみても、いつもより少し機嫌がよさそうなぐらいで特に変わった様子はない。

「どうしたの?なにかあった?」
「いいえ、なにも」

そういう割に、ノボリは楽しそうにうっすらと微笑んでいるようにも見えて、私は首を傾げるほかなかった。


突然の休みだったために特に用事もないと言っていたノボリに買い物に付き合ってもらい、いろいろなお店を見て回っていたら、気づいたときにはもう夕暮れが迫っていた。
「せっかくですから、たまには夕食もご一緒しませんか」というノボリの提案に乗った私は、ノボリに連れられるままノボリの家にお邪魔する。

「そういやクダリは?いないの?」
「点検が入ったのはシングルのみですので、クダリはまだ就業中でございます」
「うへぇ、やっぱ忙しいんだねぇサブウェイマスターって」

感心しつつ、キッチンへ向かうノボリの後を追った。
二人暮らしにしては無駄に広く豪華なキッチンはあまり使われていないことを示すかのように綺麗で、自炊する暇もないぐらい忙しいんだろうなぁと想像する。

「手伝うよ!何すればいい?」

ひょいとノボリの手元を覗き込むと、予想以上に本格的な包丁を取り出しているところでうおっと驚く。柄がプラスチックじゃなくて木だと…!?これあれだろ一揃いで売ってる高級なやつだろ。こんなの買ってるってことは実は料理するんだろうか、そう思ってノボリに聞いてみる。

「普段料理するの?」
「いいえ、もっぱら外食ですが。料理をする暇もありませんし」
「でもその包丁とかって高いやつでしょ?料理しないのにわざわざ買ったの?」
「料理以外にも包丁は使えるのですよ」
「料理以外?」

料理以外の用途で包丁を使うことなんてあっただろうか。考え込む私をよそにノボリはおかしそうに笑った。

「思いつきませんか?」
「うん。何につかうの?」
「貴女を殺すためでございます」
「…うん?」

聞き間違いだろうか。何やら物騒な単語が聞こえた気がして思わず聞き返す。
包丁をじっと見つめていたノボリがふいに私に向き直り、私の顔を真正面から見つめてくる。

「聞こえませんでしたか?ではもう一度。――貴女を、殺すためでございます」

今回は、しっかりと聞こえた。聞き間違いではなかった。混乱する私を置き去りにしたまま、ノボリの話は続く。

「貴女が今朝見られたという夢。それは夢ではなかったということです」
「は?」
「今朝だけの話ではありません。貴女は今まで何度も、わたくしに殺されていたのですよ、名前」

全く意味が分からない。常識はずれで異常なことをぺらぺらと喋るノボリの姿に、背筋が凍る。

「殺され、って…そんなわけないじゃない。だって私は生きてるんだし」
「まあ知らないのも無理はありませんが実はこの世界、死んでしまった人間も次の日には生き返っているのです」

一度死んだ人が生き返るなんてそんなファンタジーでもあるまいし。そうやって笑い飛ばしてしまいたいのに、ノボリは怖いくらいに真面目な調子で、置かれていた包丁を掴んだ。
今までなんとも感じなかったその刃物が、今はとても恐ろしい。

「死んでしまえばすべて忘れるはずですのに、夢という形ではあれ覚えていたことには驚きました…が、偶然も二度は続かないでしょう」
「なに、言ってるの…、全然わかんないんだけど」
「分からずとも構いません。貴女は今からわたくしに殺されるのですから」

本当に、ノボリが何を言っているのかがわからない。いや、内容は分かっているのだけれど頭がそれを理解することを拒否していた。
殺される?私が?ノボリに?そんなの冗談に決まってる。
だというのに、私の身体はまるで金縛りにでもかかったかのように全く動かない。
固まってしまった私を見て、ノボリの口元が彼の双子の片割れと同じように吊り上る。普段見ることのないその表情に夢の中で最後に見た光景が重なり合った。

「大丈夫、明日になればすべて元通りでございます」

ですから安心してくださいましと、この状況に不釣り合いなほど優しい声音でノボリは呟くと、ギラリと光る包丁を首へと宛がった。

「一昨日は胸、昨日は腹でしたから、今日は首にすることにしましょうか」
「や、だ…ノボリねぇ冗談だよね?危ないからやめてよこんなのノボリらしくない」
「しかしそろそろ刃物も飽きてまいりましたし、新しい死に方も考える必要がありますね」

会話が噛み合わない。クダリ相手だとままあることが、ノボリ相手になるとこうまで恐ろしいとは思わなかった。
まるでバトルをしているときのように輝やいているノボリの目に、顔を強張らせた私の姿が映っている。それが確認できるほどに顔を近づかせて、唇が触れるか触れないかのギリギリの距離でノボリが口を開く。

「おやすみなさいまし、名前。また明日お会いすることを楽しみにしております」

その言葉を合図に、ノボリの顔が私から離れた。視界の端に銀色が閃いて、首元が焼けるように痛んだ。
まるで映画のように赤色が飛び散る。急速に暗転していく視界と意識のその感覚は、どこか眠りにつくのにも似ていると思った。



(さよならばいばいまたあした)