今日、名前は通算10回目の失恋をする。
そしてぼくは、名前を慰めるためにやりたくもない書類仕事をしながら執務室で名前が来るのを待ってる。
まあこれ以上書類貯めたらノボリに怒られちゃうところだったからちょうど良かったのかもしれないけど、実際は名前のことが心配でさっきから全然進んでない。
もう返事聞いたのかなぁ。泣いてるのかなぁ。名前すごく可哀想。早く慰めてあげたい。
そわそわしてたら、パタパタって遠くの方から足音が聞こえてきた。
非常時でもない限りノボリはサブウェイ内を走らないし、というかたしか今はスーパーシングルに居るはずだし、他の駅員だって足音はこんなに軽くない。
とすると、この足音の持ち主は一人しか考えられなくて、僕は逸る気持ちを抑えて今まで真面目に仕事していた風を装った。

「クダリィィイイ!」

ノボリが見たら怒られそうな勢いで開かれたドアの向こうには予想通りの人物がいて、ぼくの姿をみるなり今まで我慢していたらしい涙がぶわって両目からこぼれるのが見えた。(ああ、なんて可愛い表情!)

「名前、どうしたの?」
「私またフラれたぁあああ!うあああああん!」

答えの分かってる問いを白々しく問いかけるぼくに、名前は抱きついてきて、その拍子に名前から良い匂いがしてちょっとドキドキする。
でもこれ、ぼくのためじゃなくて今日告白する相手のためなんだって思うとドキドキした気分はすぐにしぼんでいった。
というか、今はそんなこと考えてる場合じゃなくて、名前のこと慰めなきゃいけないのにぼくの馬鹿!

「そっか。名前、辛かったね」
「ううううう」
「今ぼくしか居ないし、いっぱい泣いていいよ」

そのまま名前の頭を撫でてたら、突然名前が慌てだした。ぼくから離れようとするけど、そんなの許さないよって抱きしめる力を強くする。
腕の中から、名前の困ったような声が聞こえた。

「クダリっ…コートよごれちゃう…!」
「大丈夫、替えいっぱいある!そんなことより名前のが大事!」
「うえええええん!」

ぼくにとっては当たり前のことなのに、名前は泣きだしちゃった。このままだと目が腫れちゃうから、あとで冷やしたタオル用意しなくちゃ。
そんなこと考えながらも、手だけはずっと動き続ける。
長い間そのままでいて、しゃっくりあげる声が聞こえなくなったころ、ぼくは名前に聞こえるようにつぶやいた。

「名前こんなに良い子なのに、断るなんて最低」
「うー……クダリのほうが良い子だもん」
「そんなことない、名前のが良い子!ぼくが男だったら絶対断ったりしない!」

そう言ったら名前は一瞬だけすごく嬉しそうな顔をしたけどすぐに悲しそうな顔になっちゃった。
その表情の理由はなんとなく分かってるけど、それを指摘するわけにはいかないから、そのかわりぼくはぎゅって腕に力を込めた。

名前は知らない。名前の好きになった相手はぼくのことが好きってこと、ぼくが知ってるのを知らない。
知らないから、ぼくが気にしないようにそのことは伏せて話してくれる、優しくて良い子。
そんなこと気にしなくていいのに。彼らがぼくのこと好きになったのはぼくが原因なんだから。
だってぼく、すっごくかわいい!だから、ちょっとぼくが優しくしてやってにこって笑ってやったらそれだけでどんな男もイチコロ!
ぼくの気も知らないで、自分のこと真剣に考えてくれてる名前じゃなくてぼくを選ぶなんて、本当に馬鹿。
でも彼らが馬鹿なおかげで、名前をとられずにすんでるから感謝するべきなのかも。
名前はそのせいで泣いちゃうけど、そのときはぼくが慰めてあげられるし、こうやってぎゅってしてよしよしってできるのぼくとしては役得。
ぼくは名前が好き。だから、それが名前を傷つけることになっても名前を誰かに渡したくない、から、名前が誰かに恋したらぼくはそれを全力で壊す。
ぼくの考えてること名前が知ったら、名前はぼくのこと嫌いになってぼくから離れていっちゃうだろうから、名前には絶対気づかれちゃいけない。
こうやって名前を抱きしめて慰めてるとき、きっとぼくはいつもより更に笑顔になってるに違いない。
でもそんなこと、名前は知らない。知らなくて良い。



(アンハッピーで構わない)