今日、私は通算10回目の失恋をした。

「クダリィィイイ!」

わんわん泣きながら執務室の扉を開くと、珍しくも仕事をしていたらしいクダリが大きく目を開いた。

「名前、どうしたの?」
「私またフラれたぁあああ!うあああああん!」

立ち上がったクダリに抱きついて泣き声をあげていると、クダリが私の背中に手をまわして子供をあやすかのようにぽんぽんと優しくたたかれる。

「そっか。名前、辛かったね」
「ううううう」
「今ぼくしか居ないし、いっぱい泣いていいよ」

傷心の状態で優しい言葉をかけられて、不本意ながら溢れ出す涙がとまらない。やばいメイク落ちる。
衝動的に抱きついてしまったものの、このままではクダリの白いコートを汚してしまいそうで、慌てて離れようとするけれど身体はがっちりとホールドされてしまっていた。

「クダリっ…コートよごれちゃう…!」
「大丈夫、替えいっぱいある!そんなことより名前のが大事!」
「うえええええん!」

あまりにも不意打ちすぎて、更に涙腺が決壊した。クダリはなんて良い子なんだろう。本当に私には勿体ない。
クダリは私が落ち着くまでずっとなにも言わずに付き合ってくれた。そして、私の涙がようやく収まり始めたころに、ぽつりと言葉を漏らした。

「名前こんなに良い子なのに、断るなんて最低」
「うー……クダリのほうが良い子だもん」
「そんなことない、名前のが良い子!ぼくが男だったら絶対断ったりしない!」

ぎゅうっと腕に力を込めて、クダリはそう言ってくれる。たとえそれが私を慰めるための方便だとしても単純に嬉しいと思う。
けれど、私は本当にクダリが考えているような良い子じゃないんだよ、とクダリに聞こえないように一人ごちた。

今まで私が告白してきた人たち10人の断り文句はいつだって一緒だった。
『その気持ちは嬉しい、けど、他に好きな人がいる』
その好きな人というのも、面白いくらいにみんな一緒。
『サブウェイマスターのクダリさん、彼女のことが好きなんだ』
だから今回も、正直告白する前から少しだけこんな未来は予想していたというのが本音だった。
なんてったってクダリはバトルサブウェイのアイドルにして皆の憧れのサブウェイマスター。更に顔も性格もスタイルも良いという魅惑のメロメロボディの持ち主だ。私が男でも確実に落ちる。
対して私はただの一般車両の鉄道員。顔と性格とスタイルに関しては比べるまでもない、10人中10人がクダリの方に軍配を上げるだろう。
クダリは優しくて可愛い私の大事な親友。いくら恋敵だといっても嫌いになれないし、争う気が起きるわけもなかった。そもそも最初から私に勝ち目はないのだし。
ただ、私がこうやって泣けばクダリは私を慰めてくれる。ひどい男だ最低だと相手を詰る。
そうすれば、いつかもし彼らがクダリに告白することがあってもクダリはそれを受け入れることはないだろう。
私の恋は叶わなかった。だから彼らの恋だって叶わなければいい。
そう思ってしまう私は醜い女だ。大切な友達だと思っているのに、クダリのことを利用してる。最低なのは私の方だ。
きっと私の考えをクダリが知ったら、私のことを軽蔑するに違いない。
私が泣いているのは、決して失恋したからだけじゃない。こんな自分が情けなくて仕方がなくて、勝手に涙が出てくるのだ。
でもそんなこと、クダリに知られたくない。だから私は全部隠して、今日もクダリを騙すんだ。



(ハッピーにならなくていい)