「嘘、成さんって名作フランダースの犬で泣かなかったんですか!?」
「まあな」
「え、じゃあスピルバーグの『A.I』は? 『火垂るの墓』は? 『男たちの大和』は?」
「特に泣いたことは無いな」
「信じられない。あの名作で、ですよ!?」

本当に信じられない、という顔をして、名前は目の前に置かれているオレンジジュースを飲み干した。
そしてまた、「信じられない」と口にする。

「名前、成瀬にそんな反応を期待するほうが間違っている」

響野が、名前の前のコップを片付けながら会話に参加してきた。

「そういう響さんは泣きましたか?」
「いや、泣いてないな」
「それは嘘だ」

すかさず成瀬が響野の嘘を指摘する。

「そうよ、名前ちゃん。この人毎年8月に火垂るの墓を見て大人気なく泣いてるんだから」
「あ、余計なことを」

祥子にもそう言われ、響野は不満気に下唇を突き出した。

「そうだ、泣いた。それは認めよう。だが名前のように思い出し泣きをすることは無い」
「泣いたくせに偉そうだ」

久遠が横から的確なツッコミを入れる。

「じゃあ、久遠君は? 泣いた?」
「んー…名前ちゃんが言ったので、泣いたのはないかな」
「え、なんで? フランダースの犬は? パトラッシュは動物だよ」
「パトラッシュが苛められるシーンには怒りを覚えたけど。あんな可愛い動物を苛めるなんて最悪だ」

どうやら久遠の中では感動よりもそちらのほうにベクトルが向いているようであった。
名前は最期の頼み、とばかりに雪子に目を向ける。

「雪子さんは泣きました?」
「……私は、泣いてないわ」

すがるような目で見つめてくる名前に、多少の罪悪感を覚えながら雪子は答えた。
とたんに、名前の目が泣き出しそうに潤んだので「慎一は、初めて見たときには泣いていたけど」とフォローを入れておく。

「何で泣かないんですか? 全て感動の名作なのに」
「人間は成長するほど簡単には泣かなくなるものなんだ。 そもそも涙と言うのはだな……」
「別に響さんには聞いてません」

長ったらしい話を聞くのは絶対に嫌だ。と言うように名前は響野の話をさえぎった。
響野が大げさにため息を吐いて「どうしてこんな子に育ったんだ」などと嘆いている。

「大人になると泣けなくなるなら私は大人になりたくないなぁ」
「別に泣けなくなるわけではないだろう。現に響野は泣いたようだしな」
「でも成さんも雪さんも久遠君も泣いてないじゃないですか。響さんは特別なんですよ、いろんな意味で」
「名前、それはどういう意味だ」
「そのままの意味でどうぞ。
…あれ、ていうかそもそも響さんは大人なんですか?」

大真面目な表情で放たれた名前の冗談に、祥子が「そうねぇ、こんな五月蝿い大人は居ないかもしれないわね」と同意をした。

「お前までそんなことを言うのか」
「あら、だって本当の事でしょ」

絶望的な声を出した響野に、祥子が追い討ちをかける。
そのまま夫婦喧嘩を始めた二人に、名前は呆れたようにため息をついた。既に見慣れた光景になっているせいで、誰も止めようとしない。

「なんかホントに…大人になるの嫌になるなぁ……」

そう呟いた名前に成瀬たちは何も言うことは出来ず、ただただ苦笑をもらすだけだった。



(ネバーランドへの片道切符)(そんなものが本当にあればいいのに)