――これは一体何の呪いだ 。
家のドアを開けた瞬間飛び込んできた光景に、そう思った。本気で。

「お帰り、名前ちゃん。ご飯にするかい?お風呂にするかい?それとも、お…」
「黙れ変態」

このままにしておくとふざけたことを言い出しそうな臨也に名前は取り敢えず条件反射でツッコむものの、いまだに状況がよく理解できていない。

「臨也君……。どうしてアンタが私の家に居てエプロンなんぞつけてふざけた台詞を吐いてくれちゃったりしてるのかなぁ?」
「なんでってそれは俺が名前ちゃんの家の合鍵を持ってるからに決まってるじゃないか」
「だーかーら、なんでアンタが私の家の合鍵持ってんのよ!!」
「名前ちゃんに関することで俺に出来ないことは何一つないよ?」
「じゃあ私の心の平穏の為に消えろ」
「っく……まさか俺にできないことがあったとは………かくなる上は俺の代わりに邪魔なシズちゃんにでも消えてもらうしか…」
「そこで静雄を巻き込むなアホ」

臨也と静雄が接触すればそこが戦場になることは必須である。
名前は大抵の場合それに(不本意ながらも)関わってしまい、最終的に一人で被害を被っている。
(セルティあたりからはすごく同情されている)(ありがたい反面なんだか悲しい)
そのために、名前は臨也を止めた。
臨也は残念そうにしていたが、「名前ちゃんがそこまで言うなら…」といって最終的には引き下がる。
すんでのところで被害を避けられた名前は安堵の息を吐きつつ、冷蔵庫の中からスポーツドリンクを取り出し、それに口をつけた。
そこで、ハッ、と名前は大切なことに気がつく。

「あ、名前ちゃんは海老好きだったよね?」

すなわち、自分の家に居座る臨也の存在。

「今すぐ出て行けこの不法侵入者ーーー!!」

名前の怒声が、マンションの一室に響き渡った。


「ったく…また鍵買い換えなくちゃいけなくなった…」

臨也を家から叩き出した後、重いため息を吐いて名前はリビングへと戻る。
疲労感の残る体をどさりとソファーに沈めて、ふと目の前のテーブルを見ると、そこには布のかぶさられた何かがおいてあった。
一体何が置いてあるのだろうか。自分が置いた記憶はないから臨也がやったに違いない。
名前はそう判断すると、恐る恐るその布をめくり、息を呑んだ。

「何コレ、すご…!」

そこにあったのはシェフ顔負けのとても豪華な料理だった。
メインディッシュの海老を見て、名前は臨也が言っていたことを思い出す。

「(前略)ご飯にするかい?お風呂にすr(後略)」
「名前ちゃんは海老が好きだったよね?」

「まさか…これ……臨也が?」

いつのことだったか、名前は臨也に家に帰ってご飯を作るのが煩わしいと愚痴ったことがある。
それを覚えていてくれたのだろうか。そう思うと今日の臨也の奇行をなんだか許せるような気分になってきた。(あくまで今日の分だけだ)

「……やっぱり、お礼したほうが、いい、よね?」

誰かに確認するように呟いて、名前は携帯で臨也に電話をかけた。
1コールも経たないうちに臨也の興奮した声が聞こえた。

「もしも…」
『名前ちゃん!!まさか名前ちゃんから俺に電話がかかってくるなんて思っても見なかったよ。
それで、一体、どうしたんだい?あ、もしかして俺へのラブコール?うわぁ名前ちゃんにラブコールを貰えるなんて嬉しいよ!!
俺は今からこの電話の会話記録を永久保存版にするために録音しようと思うんだけどどうだろう!?』
「どうだろうじゃなくて落ち着け。 そして録音なんかするな!」
『えー』
「大の大人がふてくされた声を出すな!気持ち悪い」
『ぶー』
「ぶーじゃない!……あぁもう話が進まないでしょうが!黙れこれ以上喋るな」
『……』

半分キレながらの名前の言葉に臨也は素直に従った。
名前はようやく電話した目的を果たすことが出来る。と深く息を吸った。

「えー…と……その、…ご飯。用意してくれたんだよね? ありがとう」
『…』
「今日は、ちょっと言い過ぎたかも。……ごめん」
『……』
「あー…それだけ、だから」
『………』
「臨也? …なんか話してよ」

いつまでも無言のままの臨也を訝しむ名前
そのとき、受話器からかすかに声が聞こえた。

『……ん…』
「…臨也?」
『……ちゃん…』
「うわ、なんか嫌な予感」
『「名前ちゃーーーん!!!」』
「キャアァァァァアアアァ!!!」

叫び声と一緒に、臨也が名前の前に現れた。
天井から落ちてきて。

「名前ちゃん!!ああもう普段の名前ちゃんからは見られないそのすこし恥じらいながら謝る姿も素敵だよ!!」
「臨也ぁ!?なんでアンタ天井から落ちてくるのよ可笑しいでしょ私の家の天井裏で一体何してんのよ!!」
「何って覗きに決まってるじゃないか!」
「胸はりながら言うな!!消えろ!!死ね、死んでしまえ!!」

この夜、名前の住むマンションから怒声が消えることはなかったという。



(溢れる思いは誰にも止められない)