「軋識さん、ずっと前からとても言いたかったことなんですけど」
「どうしたっちゃ?」
「その格好、これ以上ないくらいに目立つんでやめません?」

駅前の喫茶店の中で、オレンジジュースを音を立てて吸いながら名前はそう言った。
その顔に浮かんでいるのは心底嫌そうな顔。
今さっきから、店内のほぼ全ての視線がコチラに集まっているのは多分気のせいではない。
それぐらいに、軋識の格好は浮いている
季節は春といっても、まだ肌寒い日が続く。
それなのに軋識は普段と変わらない、白いシャツによれよれだぼだぼのズボン。ぼろぼろのサンダルと首にかけた白いタオル。
そして今は椅子に立て掛けられている、細長く黒い鞄。
むしろこれでコチラを見るなというほうが酷だろう。

「そんなこと言われてもこれは俺のアイデンティティーだから仕方無いっちゃ」
「キャラ作りだかなんだか知りませんけど、そんなアイデンティティーなら遙か彼方に捨ててきてください。こっちはすごい恥ずかしいんで」

これから仕事だというのに、そんなに目立ってていいんですか。
と聞くと、全く問題ないっちゃ。という余裕な答えが返ってきた。
名前はむかついたのでとりあえず、軋識の足を思いっきり蹴っておく。
ガス、と思いのほか痛そうな音が響いて、軋識の顔が歪む。

「いてっ! 何するっちゃ!!」
「その余裕が癇に障ったので」

軋識の抗議をさらりと流して、名前は腕時計をチラリと確認した。
針が指している時刻は、11時25分。
そろそろ動かなければいけない時間だ。

「軋識さん、そろそろ時間なんですが。
……双識さん、こないつもりなんですか?」
「…最近高校生のメル友が出来たとかなんとかで、忙しそうにはしてたっちゃけど……。
…レンの考えてることは俺には全く分からんっちゃ」
「家族なのに…」
「それを言うならおめーも、っちゃ」
「私は正式に零崎に成ったわけじゃないですから。あんな変態変人の巣窟、こちらから願い下げです」
「それには俺も入ってるっちゃか?」
「勿論。今のその格好を見て軋識さんを変人だと思わない人なんていないと思いますよ」

またもやさらりと言い放って、名前は勘定を手に立ち上がった。
憮然とした表情をしていた軋識も、促されるように立ち上がる。
何気ない動作で名前の手から勘定を取って、そこに書かれた金額を財布から取り出した軋識に、名前は物言いたげな視線を向けた。
その視線に気付いた軋識は、きひひ、と笑う。

「ま、これくらいは俺が払っとくっちゃ」
「…ありがとうございます」
「少しは見直したっちゃか?」
「なんだか打算的ですね……。
その格好を改善していただけたら見直さないこともない…こともないこともないこともないこともないですけど」
「一体どっちなんっちゃ」
「まずは服装をどうにかすることが第一歩ですかね」

他愛もない話をしながら、喫茶店を後にする。
後ろからいまだに突き刺さってくる視線に辟易しながらも、仕事先であるとあるビルまでの道のりを急いだ。
途中で見かけた店に展示してあったスーツを指差して、軋識が口を開く。

「もし俺があんな服着たら、どう思うっちゃ?」
「どう…って……」

名前は極々普通のサラリーマンが着ていそうなスーツを思い出して、それを目の前を走る軋識に当てはめる。
が、どうしてもあまり想像ができない。
それほどまでに今の軋識の格好がマッチしているということなのかどうなのか。

「なんか、想像できません…」
「そうっちゃか?」
「どことなく似合いそうではあるんですけど……」

やはり、スーツを着た軋識というものを名前は想像することが出来ない。
それを素直に軋識に伝えると、軋識はぽつりと呟いた。

「これでも結構頻繁に着てるんっちゃけどね…」
「? 何か言いました?」
「いや、別に何も言ってないっちゃ」
「そうですか?」

何か聞こえた気がしたけどなぁ、と呟いて首を傾げていた名前だったが、実際どうでも良かったので考えるのをやめる。

「あれですね、軋識さんはその格好だからこそ軋識さんなんですね」
「ま、そういうことっちゃね」
「それなら、まあ、仕方ないですよね。周りの視線、気になりますけど」
「別に気にすることないっちゃ。周りは周り、自分は自分っちゃ」
「…軋識さん……」
「きひひひ」
「……言ってることが、どっかのお母さんみたいです」
「おめー…折角俺が言いこと言ったのに、悉くつぶしてくれるっちゃね…」
「だってこれが本心ですし。ほら、そんなくだらないこと言ってる間につきましたよ」

名前が指差す先には、高層ビル。
走っていた足を止めて、二人はそのビルを見上げた。
軋識は持っていた鞄から愚神礼賛を取り出し、名前は腰につけたポーチから果物ナイフを取り出す。

「それじゃ、かるーく零崎をはじめるちや」
「…仕方が無いので、お手伝いさせていただきます」

それだけを言って、二人は手に凶器を持ったまま、高層ビルの中へと突き進んでいった。



(さあ踊りましょう)(貴方と滑稽なダンスを)