「………」

仕事を終わらせて帰って来ると、マンションの前には真っ赤なコブラが停まっていた。
毒々しいくらいに存在感を主張する警戒色。
私の命はここまでかもしれない。おとーさん、おかーさん。こんな娘でごめんなさい。
つらつらとそんなことを考えて、私はマンションのオートロックを開けて部屋に入る。


「お帰りー、名前ちゃんv」
「…何してるんですか、哀川サン」
「だーかーら、私の事は名前で呼べっつってんだろ?」
「いたいいたいいたい! 潤さん、マジで痛いんで、本当すいませんでしたごめんなさい!!」

私がそこまで言うと、潤さんはやっと手を離してくれた。
潤さんにぐりぐりとやられたため、ジンジン痛むこめかみをさする。
とりあえず謝っておいたものの私の破滅的な記憶力では多分また同じ事を繰り返すのだろう。
いい加減にしておかないと将来私の脳細胞は確実に死滅してしまう。
いや、しかし待てよ
こうして脳細胞が死ぬことによって私はいつも潤さんの事を苗字で呼んでしまうのではないだろうか。
つまり私が潤さんを苗字で呼ぶことについては潤さんにも少なからず責任が―――「あるわけないだろ」
さいですか。

私の脳内での責任転嫁を潤さんはきっちりしっかりばっちり読心術で読んでいたらしい。
私は潤さんに恨めしそうな視線を向けた。

「ズルイですよ、それ。ダービー弟より便利じゃないですか」
「まぁな。なかなかマニアックなネタ振ってくるじゃん」

潤さんは楽しそうに言う。
私も人の事はいえないが、本当に漫画の好きな人だ。
というか、こーゆー些細なネタを振ってそれにノッてくれる潤さんは、なんというか、本当に凄い人だと思う。
まぁ、只のマニアという線も捨て切れなかったりするんだけど。
それこそがこの人が最強で最恐たる所以なのかもしれないな、と私はふと思った。

「はい、潤さんどーぞ」
「さんくー」

冷蔵庫でキンキンに冷えた麦茶をコップにいれ、潤さんに手渡し、私は潤さんの正面に座った。
半分ほど潤さんは一気に麦茶を飲み、それをテーブルに置くと、急に真剣な顔つきになった。

「んで、まぁ、こっからはマジバナだ。私が今日来た理由でもあるけどな」
「…仕事の話でしたら先にお断りしときます」

言いながら、私は潤さんの視線から目をそらす。
我ながら凄いことをしていると思う。あの人類最強相手に反抗だなんて。

「情報が知りたいんだったら、玖渚ちゃんか石丸さんの所にでも行けばいいし。
それに予知とかだったら私なんかより姫菜さんの方がよっぽど確実ですよ」
「あの女は嫌いだ」
「…………仕事に私情を挟まないでくださいよ…」

さらりと言ってのけた潤さんに、私はため息を吐いた。
この人はこーゆー人だから仕方が無いのかもしれないが。
ふと気が付くと、何時の間にやら潤さんは身を乗り出していて、潤さんの手が私の背中に回されていた。
潤さんの顔が近い。というかもう目前だ。
やっぱり綺麗な顔だなぁ肌とかもう絶対すべすべなんだろうなぁ羨ましいなぁ、などと現実逃避をしたくなったが、
ぐい、と背中に喰い込む爪の痛みがそれすらも許さなかった。

「あのー、潤さん」
「んー?」
「痛いんですけど」
「そりゃ痛くしてんだから当たり前だろ」
「痛くて死にそうなんですけど」
「もし死んじまったら魔法の擬音で復活させてやるって」
「……」

人類最強の請負人は電撃文庫も守備範囲らしい。
今度はそっち系のネタを振ってみよう…じゃなくて、潤さんなら本当にそういうことが出来そうで恐い。
そうこうしている間にも、爪はぐいぐいと喰い込んでいる。
いい加減肉が抉れそうだ。既に皮膚は切れている気がするし。

「分かりました、仕事受けますんで勘弁して下さい!」

両手を挙げて、降参のポーズをすると、潤さんはようやく背中に回った手を離してくれた。
なんだか毎回潤さんに会うたびにこんな事をして居るきがする。
命が幾つあったって足りない、というやつだ。

だけど、やっぱりというべきか、なんだかというべきか。

「やっぱ名前ちゃんは素直だなー。お姉サンはそんな名前ちゃんが大好きだよ」
「有難うございます。私も潤さんのことは大好きですよ」

なにがあったって、どんなに危険な目にあったって。
この人のことは、絶対に嫌いになれないんだろうなぁ。
ニカッと笑った潤さんの顔を見て、私はふとそう思った。



(笑顔が貴女の一番の武器)