「――――――!」

今日も今日とて少年を見守るレンは、道に響き渡るほどの羽ばたきに目を見開いた。
ふわりと手の内に飛び込んできた羽根をそっと抑える。
灰の美しい色と心地いい柔らかさを堪能して十分も立たぬうちに、バタバタという音が外まで聞こえてきた。
少し前から釘を打つ音など響いてきていたが、今日はとうとう家も出るらしい。

「そこまで慌てるもの…?」

心底不思議でならないが、とりあえず、と魔法が解けていないのを確認し、バイクにまたがって少年が乗る車を追った。

*******

最終的に彼らは、水漏れ激しそうな小屋にいることにしたようだった。
それを見たレンはプリベット通りにいた時と同じように、杖を振り現れた扉の中に入っていった。

夜になると見覚えのある巨体が小屋の扉を開けていた。慌ててその後ろについて小屋の中に身を滑り込ませる。
巨体の男――ハグリッドが、ハリーを虐めていた憎々しいマグルの憎々しい息子に豚の尻尾を生やすのを見て、――大声で笑おうと周りに聞こえないようにしているのだが、一応――声を押し殺して笑う。

ハリーは、当然のことながらホグワーツに入学することが決まった。
ハリーが喜びの声をあげているのを見て、レンも心の底から嬉しそうな、幸せそうな微笑みを浮かべ、また杖を振ってその場から消えた。

ハリーがホグワーツに入学するとハリーの側に居られなくなる。
そんなことを認める訳にはいかない。
ならば、どうするか―――"例のあの人"に唯一対抗出来ると言われているアルバス・ダンブルドア。その人に頼むしかないだろう。隠れていてもいいが、おそらく見つかるだろうから。

今まで、狙ってくる死喰い人達から身を隠すため、誰にも何も言えなかった。
だが、"レン・オルコット"が死んでから、随分月日が経った。
死喰い人達のほとんどは、もう死喰い人としての働きは何一つしていない。
おそらく、中にはそれでもヴォルデモートを復活させようと画策している死喰い人はいるだろうが、もうそんな死喰い人達の記憶からも、消え始めているはずだ。

――もうそろそろ恩師や親友には言っても大丈夫だろう。
そう判断し、レンはホグワーツに行くことを決めた。

ハリーから離れるのは不安な気もしたが、何かあってもハグリッドがいれば大丈夫だろうし、わざわざハグリッドがついている時に襲うような馬鹿もいないだろう。

*****

そして、次の日の朝。
小屋を出て行くハリーとハグリッドを見送ってすぐに、ホグズミードに姿現しをした。
昔シリウスに教えてもらったハニーデュークス店の隠し通路からホグワーツの中に侵入する。

「…懐かしい」

ぐる、と周りを見渡せば、無意識に零れる笑み。
久しぶりの母校と、友と恩師に会えることに、レンの心は弾んでいた。
特に隠れるでもなく、堂々とした、そしてその心を表していつもより幾分軽い足取りで、向かうは、校長室――アルバス・ダンブルドアのいる、その場所。

何故か人はおろかゴーストにさえ遭遇することなく、すでにレンがいるのは校長室の前。
ガーゴイル像もお菓子の名前を言い募っていたらどれかが当たりだったらしく、問題はなかった。――セキュリティ的にはとても問題だが。

余りにも順調だった道のりにこれから何かあるんじゃないか心配になったが、今考えても詮無きことだと一度深呼吸して思考を切り替える。

久しぶりの再会や、今まで死を装っていた事への罪悪感で、校長室のドアに何か腕を上がらせないような魔法がかかっているような気さえしてくる。
だが、ここまで来たからには後戻りなど出来はしない。

覚悟を決めて、コンコン、コンコン、とゆっくりノックを4回。

「開いておるよ」
「失礼、します」

中から聞こえたガタッ、という音とほぼ同時に扉を開け、中に入る。

「お久しぶりです……ダンブルドア先生」

レンは懐かしさに目を細め、椅子から立ち上がっている目の前のダンブルドアはブルーの瞳に驚愕を浮かべている。

「おう、おう、レンよ。やはり生きておったのじゃな」
「ダンブルドア先生…今まで連絡もせず、すみませんでした。騎士団メンバーとして申し訳なく思います」
「気にせずとも良い…君は十分頑張った」

ダンブルドアのその言葉と、前より幾分皺の増えたように見える顔に浮かべられた微笑みに、胸の中に暖かい安堵が広がり、自ずと肩に入っていた力が抜けた。

「まぁ、立ち話もなんじゃ。
そこに座り、ゆっくりと話すことにしようかの」

レンの安堵を見て取ったのだろうか。ダンブルドアはそう言い、テーブルにはいい香りを漂わせる紅茶が現れる。
レンが座ったのを見て、ダンブルドアが口を開いた。

「まずは…そうじゃな。
わしやセブルス、いろいろな者が君の行方を探したにも関わらず、手がかり一つ見つけられなんだ。その努力に、脱帽の一言じゃ。よく一人で頑張ったの」

そう言ってまた微笑み、続ける。

「ヴォルデモートが消滅してから今まで行方をくらましておったのは、死喰い人から隠れるためじゃな?
それから、ヴォルデモートが消滅してからしばらく、色々な場所で死喰い人が倒されたのは君の貢献じゃろう?」

「―――どちらも、YES、です」

ここまでが見透かされるのは、想定内。
偉大なる魔法使いと名高いアルバス・ダンブルドアがこんな簡単な事に気付かないわけがない。

「君がここに来たのは、ハリーのためじゃな?
魔法薬学教授の助手が丁度欲しいと思っておってな。君に頼むことにしよう」

これも、想定内。
今まで行方をくらましていた私が突然現れるとしたら、ハリー以外の理由はない。

「それから………

―――――いや、やめておこうかの。
君の考えが纏まったら、君から話してくれることを期待しておる」


続く事は無かった言葉。
これは、訊かれると思っていた。けれど、この人は訊かないでいてくれた。
この人は、きっと気付いているのだろう。私が何をしているか。

―――いや、気付く、という訳ではない。私が生きていたのなら、やらない訳がないとわかっているんだ。
それは、きっとこの人だけじゃなく、他の人も。

そして、数少ない私の理解者たちはそれでもそんな私を放っておいてくれるのだろう。見守ってくれる、とは違う。けれど、止めもしないんだと思う。
私の気持ちも、性格も、知っているんだから。


――あぁ、けれど、あの二人の親友は、きっと止める。

馬鹿なことを、と。
信じても無駄だ、と。

私がきかないのも分かっていて、それでも言ってくれるのだろう。


「レン!」
「…っすみません、何です?」

いつの間にか考え込んでしまっていて、ダンブルドアの大きな声で我に返る。

「考え込んだり、物思いに耽ると周りが見えなくなるのは相変わらずのようじゃな」

困ったように言われた言葉に、すみません、と苦笑を返す。

「まずはセブルスの所に。場所はここじゃ」

ふわり、とダンブルドアが杖を振って学校内の地図を出し、示された場所に頷きを返せば、また杖の一振りでその地図が消された。

「その後夕食の時に皆に挨拶をしてもらうことにしようかの。
何人かは怒るじゃろうが、甘んじてうけねばならんよ。特に…ミネルバには大目玉を食らうじゃろうな」

今度はどこか楽しげに言われ、わかりました、とまた苦笑を返す。

「では、行っておいで。セブルスの喜ぶ姿が目に浮かぶようじゃ」

それは嬉しそうな響きで言われた言葉に、思わず泣きそうになるのをぐっとこらえ、笑みを浮かべた。

「ありがとう、ダンブルドア先生」
「また後ほど、レン」
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