目の前で自分を責めて拳から血を滴らせるイゾウに、サッチも同じように拳を思い切り握りしめた。
何も言えない。何を言っても、こいつは自分を責めちまう。
サッチは、何も言わなかった。胸の内では言いたいことが渦を巻いていたが、もう何も言えなかった。
誰が好き好んで死んでまでおれ達を心配して後悔して自分を責める弟に更に追い討ちをかけるものか。
自分勝手に、自己満足のために、お前は悪くない、悪いのはおれだなんか言えるものか。
思わず俯きかけ、イゾウの拳から滴る血が床を汚さずにいることに気がついた。


──サッチは確かにイゾウが死んだと聞いたのに、目の前の彼は消えなかったし物にも人にも触れる。家族に対する態度も、大切だと語る眼差しも何も変わらない姿を見て、もしかしたらイゾウは生きていてくれたんじゃないかと、帰ってきてくれたんじゃないかと、思わなかったと言ったら嘘になる。
けれど、どこか冷静な頭の一部がシミひとつない床を見て、目の前にいるこいつは、確かにもう死んでるんだと確信した。
ポタ、と自分の拳から垂れた血が涙と混ざって床を汚したのを見て、どうしようもなく辛くて、悔しくて、──寂しかった。

「いいか……おれはな、お前はもっと怒るべきだと思うぜ?怒っていいと思う。寝こけてたおれに何で寝てたんだよとか、ハルタに何で最初から信じてくれなかったんだよとか、マルコとエースに何であいつを信じたんだよとかさ!あるだろ!?」
半ば怒鳴るような声で言われたそれに、イゾウがふと考え込んだ。
確かに、自分の詰めの甘さが原因とはいえ少しは信じて欲しかった。まさかあんなにも信じられてないとは思っていなかった。
傷ついていないと言えば嘘になる。整理は付けたつもりでも、考えれば恨み言なんて山ほど出てくる。
──だが、怒っているかと言われれば答えは否で、けれど大事な家族達がただ赦されて気に病まないかと言われてもまた答えは否だった。

考え込んでいたイゾウはふとサッチに視線を向けると、見慣れたフランスパンのようなリーゼントがない頭をぺしと軽く叩いた。そしてそのままぐしゃぐしゃにかき混ぜて下に引っ張り、床に目が向くように腰を軽く曲げさせる。
「いいかサッチ。お前が寝てたのは怪我をしてたからだ。お前が怪我したのは、おれが油断したからだ」
「はっ?ちがっ!」
違うと顔を上げかけたサッチの頭を再び下に向けて黙らせる。

「いいから黙って聞け。──なぁ、サッチ?逃げろっつったのにあの体たらくは何だ?ぼーっと立ってるばっかじゃ敵は倒せねぇんだ。分かるだろう?
4番隊隊長、サッチ。オヤジにもらった隊長の座にに恥じない戦いをしやがれ。いつでも冷静さを失うな。的確に状況を判断しな。分かったか?」
言い終わると同時にまた髪をかき混ぜ、ようやく顔を上げられたサッチのぐしゃぐしゃな頭に、イゾウはくつくつと笑った。ぼさぼさにしすぎた、と笑いながらカチューシャを付け直してやり、サッチに尋ねる。

「お前は?何か言いたいことはねぇのか?」
ぐ、と息を詰まらせ、サッチは顔を歪めた。
「お前は、ほんっとに馬鹿みてぇに優しいなぁ!!」
イゾウが怒ったように見せた理由を正しく理解して、サッチは言った。馬鹿だ。こいつは、本当に、馬鹿。
イゾウは、サッチの反応にバレたかと苦笑を零す。それをじっと見つめたサッチは、確かめるように尋ねた。

「なぁ、イゾウ。お前は本当に何もないのか?何もしなくていいのか?」
サッチには、復讐なんてこの優しい家族は言わない自信がある。
でも恨み言くらいあるはずだ。それとも、それすら呑み込んでおれ達にしたようにエースやマルコに謝らなければと思ってるのだろうか。
(こいつのことを気に病みまくってる長男坊と末っ子に謝らせてやりたい気持ちもあるけどなぁ……)

そうは思うが、イゾウは謝罪など求めていないだろうし、今サッチの中での優先順位はイゾウが1番上だ。
イゾウが複雑だ、無理だと思い2人に会いたがらないならそれでもいいと、サッチは本気で思っていた。
誰にも会いたくないなら、オヤジにさえ隠してやろうと思っていた。
目の前にいる彼は本物のイゾウだという確信は固まる一方で、警戒という言葉は頭から消え失せていた。
自身が殺した家族を、──死んだ後でさえこうして変わらずにいてくれる彼を、さらに傷つけたいなどと誰が思うものか。誰だって今度こそひとつも苦しめまいと決意するに決まっている。

イゾウはベッドに寝ているハルタを見て髪を軽く撫でた。そしてす、とサッチに視線を戻すと、やたら綺麗なのにやたら雄らしく、ニッと笑って見せた。
「甲板、行くか」
何かを考えるより早くすぐに頷いて、連れたって部屋を出る。
サッチにはイゾウが何を望んでいるのか分からない。だが、彼が望んでいることなら何だろうと出来る限り叶えてやろうと思っている。
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