近付いてくる気配に気付き、イゾウはドアの方を向いた。
家族の気配など感じ飽きてほとんど意識することもなければ区別をつけるのも簡単ではない。
ただ、おれの感覚が正しいならこれは──。
「ハルタ、入るぞ」
──思った通りだ。
ドアを開けて入ってきたのは見慣れたコック服だった。おれが守りたかった、大事な家族。
「サッチ……!」

ベッドに座っていたイゾウは立ち上がってサッチの方へ歩き出すが、当の本人は状況を呑み込めずに立ち尽くしている。
「は……?」
間抜けな声を漏らしたサッチから2歩ほど離れたところで立ち止まり、ニッと笑顔を見せた。
「生きてるかサッチ!あぁ、ハルタならそこさね。多少埃っぽいがまぁ大丈夫だろ」
目の前の光景が信じられなかったのか、サッチは呆然としたままたどたどしくイゾウ?と呟いた。
「正真正銘本物だが信じられないならその自慢のリーゼント……お前何でリーゼントじゃねぇんだ?」

いつものようにサッチのアイデンティティとも言えるリーゼントを指して折ってやろうか?と言おうとしたところで、下ろされた髪に目を瞬かせた。
首を傾げて尋ねると、硬直したままだったサッチはぶわりと一気に瞳を潤ませた。
「それはお前が……お前が、死んじまって……っ!イゾウ……っ!!!」
戦闘のときにも劣らないスピードで空いていた距離を埋め、イゾウの背中に太い腕を回す。
「おっと……サッチ、おれに野郎に抱きつかれて喜ぶ趣味はねぇぞ」
そう言って苦笑したイゾウは、胸の中だけで家族に愛されるのはうれしいけどなと続ける。
とんとんと宥めるように背中を軽く叩くと、倒れて寝ている彼をなぞるようにサッチもまた泣き出した。

「イゾウ、イゾウごめん……!ごめんな、おれ、おれぇ……っ!!」
そしてまた同じようにごめん、ごめんと繰り返す。
深い悔恨を、悲哀を滲ませる声でひたすらに謝罪されて、イゾウはそれをどこかうれしく思って、でもやはり家族には泣いてほしくないとも思う。
イゾウは泣きじゃくるサッチの震えを感じながら、困ったようなため息を零した。
「……サッチ、泣くな。おれは後悔してねぇよ。お前のせいじゃない。お前はなぁんも悪くないんだ」
とんとんと一定のリズムを刻む手は止めずに、イゾウは柔らかく言葉を紡ぐ。

「ちがっ、うんだよ…っ!おれ、1回起きたんだ…!お前と、ティーチが甲板にいるっつぅから、おれ、安心しちまって、っ、く、寝てて、お前が死んだ時に、おれ、おれは馬鹿みてぇに寝てた…!!!イゾウ、本当に、ッ、すまねぇ…っ」
あぁ、こいつも、おれと同じように家族を信じて、それでしばらく経って冷静になって気付いたんだ。おれと、全く同じように。
──さすが家族だ、とイゾウは内心楽しそうに笑った。
あいつらなら分かってくれると思った。けど、何も知らなけりゃ無理に決まってる。
おれの詰めの甘さはやはり、こいつにも自責させてしまっていた。
おれがもっと上手くやれていれば、とあの空間で思ったことと同じことを思う。より深く、より強く。

「サッチ…お前は悪くねぇよ。だからそんなに泣くな。大丈夫だから」
おれの詰めが甘かったのが悪いんだよ、と続けようとしたが、サッチはかき消すように大声で叫ぶ。
「大丈夫なわけあるかバカ!!」
それからまたボロボロ泣きじゃくるもんだから、おれはこいつもハルタも好きなんだよ。
おれを大事に想ってくれてありがとな。おれのせいで泣かせてごめんな。
さすがにそれは口には出せなかったから、そっと苦笑して。

「いい歳こいたおっさんがそんなに泣くんじゃねぇよ」
「イゾウ〜……っ!!」
「はいはいよしよし。ったく、しょうがない奴らだなぁ本当に」
──おれの大事な家族。


ひっくひっくと年甲斐もなくしゃくりあげるサッチの背中をあやすようにぽんぽんと叩いた。
サッチが落ち着いてきたと見ると、少々行儀は悪いがイゾウは足で椅子を引っ張って座らせた。
「ごめんな、サッチ。お前もハルタも泣かせちまって。…お前ら、そんなに泣くほど俺のこと好きでいてくれたんだなぁ……」
中腰になって袖でサッチの涙を拭い、しみじみとイゾウが呟く。サッチはそれに反応してバッと顔を上げた。
「当…ったり前だろバカ!バカイゾウ!このバカ!大好きだバカ野郎!……っ何で死んだんだよバカ!おれお前にいい酒買って鬱陶しいって言われるまで礼言ってやろうと思ってたのによぉ……!死んじまったら何もできねぇじゃねぇかよ……!何でだよイゾウ……っ!」

人のことバカバカ罵ったかと思えばまた泣き出したサッチに、イゾウはまた自分を責める。
もっと上手くやれていれば。オヤジや家族に話していたら。あの時生を諦めないでいられたら。おれが耐えていたら。もっと、頑張っていれば。
「ごめんな、サッチ…」
イゾウのどこか泣きそうな声音にサッチはまた騒ぐ。
「はぁ!?何でお前が謝るんだよバカ!おれがちゃんと起きてアイツらに説明したらお前は死ななかっただろうがバカ野郎!何で責めねぇんだよ!責めろよ!詰れよ!助けてやったのに見捨てて見殺しにしやがってって!なぁ!
――なぁ、なんで責めてくれねぇんだよ、イゾウ……」

サッチはそれを最後に項垂れた。
バカだバカだと言いながら、その実本当にバカなのは自分だ。──命の恩人罵ってどうすんだバカ。
ごめんイゾウ。こんなバカのせいでお前を殺しちまった。あの時もっと早く動けたら。あの時起きて説明してたら、イゾウは死ななかった。
おれの大事な家族。誰より優しい家族。お前はおれを優しいって言うけどよ、本当に優しいのはお前なんだぜ?

「──本っ当にお前はバカだなぁ…」
呆れたように吐き出されたイゾウの声に、無意識に肩が跳ねる。
「おれは、おれが助けてェから助けたんだよ、バカサッチ。何でお前を責める?何でお前を詰る?…ごめんなぁ、サッチ。おれが上手く出来なかったせいで、お前もハルタも傷つけちまった。上手く出来ない、不甲斐ない家族でごめんな」

──イゾウの拳が、ギリと音を立てた気がした。
「家族を救いたかった。そのために、もっと上手くできたかもしれねぇ。そうしたらお前もハルタもそんなに苦しまないで済んだだろうに、おれが上手くできなかったばっかりにお前らを苦しめちまった。
おれの至らなさが、お前らを傷つけちまった。お前らを助けたくてしたことが、逆にお前らを傷つけた……ッ!」
──ジワリ、とイゾウの唇から血が滲む。
「真っ直ぐなエースは自分を責めたろう?誰より家族を想ってるマルコは自分を責めたろう?優しすぎるくらいに優しいお前も、分け隔てがないハルタも、みんな自分を責めただろ?」

──違ぇだろ、優しいのはお前だ。戦ってるところは間違いなく海賊なのに、その心根だけは海賊に似合わねぇんじゃねぇかってくらい真っ直ぐで、家族のことばっかり考えてて。
「…オヤジに申し訳が立たないことをしちまったなぁ……。オヤジは体もでかいが、それと比べても比べもんにならないくらい懐がでかいってのはマルコが言ってたんだったか?ティーチのことを少しでも話しておけばなぁ……。オヤジだって人間だ。唐突に愛する息子が切った張ったして死にかけだなんだって言ったら多少は驚くだろうに、何してたんだろうなぁ、おれは……」

──何となく、イゾウが自分を納得させようとしてるような気がした。自分を責めてて、けど何となく、無理やり自分にしょうがないんだって認めさせようとしてるみたいな。
「おれが至らないせいで、みんなに迷惑かけちまった。オヤジにも、お前らにも。
サッチ、頼むから自分を責めないでくれねぇか?悪いのはおれなんだよ。マルコにも、エースにも言ってやってくれ。ハルタにも。お前らは悪くねぇって。お前ぇらが気にする必要はないって。
おれがちゃんとやれてれば、それが一番良かったってのになぁ……」

また、悔しそうにイゾウが拳を握って唇を噛む。本当にこいつはバカだ。お前が悪いわけねぇのに。……けど、おれじゃこうなったこいつは正せない。
なあ、イゾウ。おれもハルタもマルコもエースもビスタもナミュールも他の奴らもみんな、誰もお前が悪いなんて思わねぇし、それより自分を責めちまうんだよ。でもそれはおれ達がそうしたくてしてるからお前は悪くねぇって言ってもお前は自分を責めるんだろうよ。むしろ、言った方が責めるんだろうな。
──おれが見てきた可愛い弟は、そういう奴だったからな。こんなしょうもない不甲斐ない兄でも、それぐらいはお前のこと知ってるってんだよ、バカイゾウ。……ごめん。
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