医務室のナース達が全員隊長達を探しにいなくなり、医師は何かあったら呼ぶようにと気遣いつつ控え室に戻り、医務室にいるのは泣き濡れるハルタと唇を噛むサッチの二人だけ。
そこに最初に入って来たのは、マルコとエースの二人だった。
「サッチ、目ぇ覚めたんだな!その…ティーチを死なせちまってすまねぇ…」
「無事に目が覚めてよかったよい…!…ハルタがすまないねい。奴の死がよほどショックだったらしくてな…」
エースはティーチを殺させてすまないと口に出し、マルコは何であんな奴をと顔に出す。

自分だって同じ加害者であることを棚に上げて、サッチは酷く苛立った。身の内を暴れ回るそれは今にも喉から溢れ出さんばかりで、けれどそのまま怒鳴りつけるなんて出来ない。
(同じだ。おれも、あいつらも)

サッチは一瞬唇を噛んで、目の前の2人に他の隊長達を呼んでくるよう言った。やや怪訝そうな顔をしたが大人しく従った二人が医務室を出ていくのを見送り、未だ嗚咽する小さな頭に目を向ける。
「ハルタ…隊長連中が全員揃ったら、あの日の事を話す。…ごめんな。もう少しだけ待ってくれ」
こくり。返された小さい頷きにサッチはもう1度謝って目を伏せた。

マルコとエースが出て行ってから10分ほど経ったろうか。やっと16ある隊の隊長全員が――15人全員が揃った。
欠けた16番目に胸が軋む。――そんな権利、お前にはないだろうと心中で囁く自身の声に最もだと思った。
自分のやるべきことは、泣くことでも怒ることでもない。
(おれのやるべきことは、真実を伝えること)
――そして、イゾウの潔白を証明することだ。

「――お前ら一旦黙れ!」
普段のサッチでは考えられない本気の怒声に、騒いでいた13人は一斉に口をつぐんだ。
「…サッチ…ティーチが死んだから怒ってるのか…?」
エースが恐る恐る言った言葉に、サッチは腸が煮えくり返るような思いを抑えて口を開く。
「黙ってろ、エース。お前ェらもだ。……今から話すことに嘘偽りはねェ。黙って聞いてろ」
しん、と静まり返る空気。
医務室は、どこか落ち着かない船内の中ただ一つ、ただならぬ雰囲気に包まれていた。

「あの夜――一人で、見つけた悪魔の実を食べようか迷ってた」
話しながら、頭にはあの夜の光景が鮮明に流れる。

サッチは厨房の中で一人、シンクに置いたランプの灯りで照らされる悪魔の実をじっと見つめていた。
ガチャリ、と音を立てたドアの方を振り向けば、長年共にいる家族であり友の姿。
「ティーチ?どうしたんだ、こんな時間に」
いつもとどこか違うような気のするティーチの雰囲気を感じつつ首を傾げれば、向けられた何かが光を反射して輝く。
「サッチィ……」
ニィ、と欲に塗れた笑みを浮かべて剣を抜いているティーチに、サッチは現状が理解出来ずにただ突っ立っているだけだった。
今にも斬りかからんと剣が振りかぶられたかと思うと、飛び込んでくる人影。
サッチの前に立ち塞がった人影にティーチが反射的に剣を振り下ろせば、剣がぶつかり合う鋭い音が響いた。
ティーチの剣を短剣で止めたイゾウが、ギリッと歯を食いしばりながらサッチに向かって逃げろと叫ぶ。
それでも呆然としたままのサッチに業を煮やしてイゾウが振り返ろうとしたが、ティーチが次々攻撃を仕掛けてくるためにそれもままならない。

サッチの思考とは対照的にイゾウとティーチの打ち合いは激しくなっていく。
チッと舌打ちが聞こえたかと思うと、苛立ちでぶれたイゾウの剣先をすり抜けてティーチの剣が間近に迫り、熱のような激痛がサッチの身に走った。
痛みでやっと覚醒した意識と正反対に体は地に伏して。
ドクリ、ドクリとサッチの視界に赤が広がっていく。
どんどん流れていく血のせいか、ぼんやりする視界と思考。
頭に響くティーチの哄笑を最後に、サッチの意識は途切れた。

「これが…おれが見た全てだ」
ニタリと汚く笑うティーチ。向けられる剣とそれに反射する光。庇うように割り込んできた、自分と比べて線の細い体。
剣がぶつかり合う鋭い音も、逃げろと叫ぶイゾウの声も、今頭に流れる記憶は全てが鮮明で、何故あの時動けなかったんだと自身を責め立てる。

話している最中に、何度もせり上がってくるものを耐えた。震えそうになる声を抑えた。
サッチが話している最中、終始口を挟む者はいなかった。話し終えた後も誰1人口を開かない。
マルコが、エースが、愕然と凍りつく。強く握りしめられていたナミュールの手から血が滴った。
それ以外の面々も一様に色を失い、ハルタはもはや声もなくぼろぼろと涙を零していて。
「うそ、だろ…?」
誰かが呟いた声は、静かな部屋にやけに大きく響いた。

サッチの言った言葉が理解出来ない。――いや、理解したくない。
頬を伝う熱が何かも分からないまま、ただ馬鹿みたいに立ち尽くすことしか出来なかった。
嘘だろという呟きは、誰のものだったか。もしかしたら自分のものだったのかもしれない。
自分達は、何も知らずにイゾウを責めた。いつも優しかった彼を責めた。いつだって家族を想った彼に自分達は一体、何を返したのか。

ぼろぼろと熱が頬を伝う。目が熱い。喉が痛い。
周りを見れば全員が顔を歪めて涙を零していた。
それを見て、自分の頬に、目に、喉に感じるこの熱も同じだと気付いた。
揃いも揃って泣いているおれたちは、一体誰の為に泣いているんだろう。

「イゾウ、じゃ…ない…」
部屋に響いたのは無理やり絞り出したような酷い声だった。自身に認識させるような、確認するようなそれ。
イゾウではなかった。裏切り者はティーチで、イゾウはサッチを守り、それなのに疑われて責められて、それでも尚家族を守るために裏切り者を殺して死んだ。
サッチを殺そうとしたんだろうと、そう責めたおれ達を――自分を裏切った家族を、救って死んだのだ。

(あの時、おれが助けていれば)
助けてと縋られて、何もしなかった。
(あの時、おれが止めたせいで…!)
イゾウを助けるか迷う家族を止めた。
(お前達が取り乱してるからこそ、おれが、おれ達が、冷静でいるべきだったのに…!)
決定を人任せにして思考を放棄した。
イゾウを殺したのは自分だと、誰もが自責した。重いも軽いもない。あの場にいて何もしなかった時点で自分達は加害者で、家族殺しだ。
いくら後悔したって過去はもう戻らないし、イゾウは帰ってきてくれない。
謝ることも出来ない。何かを伝えることも出来ない。
おれたちが、――イゾウを殺した。

「ハルタ、ごめんな…っ。おれが起きたら、おれが起きてちゃんと説明してたら、イゾウは死ななかった…!」
サッチがぐしゃぐしゃに顔を歪めて泣く。
恩人であり家族である彼が死に至ったその時に寝こけていた自身の愚かさが許せなかった。

ハルタは声も出さずに泣き続けていた。
目の前で親友が責められていたのに庇うこともしなかった挙句、死んでいく彼に自分だけ助けられてしまった。
「ちがう…僕が、庇ってたら。一番仲がよかった僕がイゾウを信じられてたら!僕は、信じられなかったんだよ。イゾウと一番仲が良くて、イゾウのことを一番分かってるのに…僕は、信じきれなかったんだ。イゾウがやったわけないって思ったのに、思えてたのに、なのにイゾウを庇えなかった…!冷静さも保てないで、かと言って信じれもしないで、挙句の果てにイゾウに助けられて!!!僕が…ッ僕が!イゾウを殺したんだ!」
血を吐くような絶叫。親友を信じられなかったという事実が酷くハルタを苛んだ。
イゾウと一番仲が良かったという自負が、イゾウに向けていた好意が、そのままハルタを殴りつける。
庇えなかった、助けられなかった、それどころか助けられて、イゾウを殺した。

――今なら。
叶うわけもない、恥さらしなことを考えた。
今なら、間違いなく、迷いなく、真っ先にイゾウの前に立ってみせる。
イゾウを失うと分かっていたら、何を捨ててでも彼を庇ってみせる。
――それが出来なかったから、彼は死んでしまったのに。
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