それから1日。

ハルタは一日中イゾウの部屋から動かず、ぼんやりとイゾウの名を呼び続けていた。
はらはらと涙は途切れることなく流れ続け、ハルタがイゾウを呼ぶ声もまた途切れることがない。
睡眠も食事も、何もかもいらない。ただイゾウがいてくれたらいい。――イゾウ、どこに行っちゃったの?

医務室では、サッチが傷が原因で熱に魘され、時折ティーチやイゾウの名前を呟く。
波のように広がった昨日の事件の概略は、船内船外を問わず、その時いなかった船員や遠方にいる傘下海賊団にまで広まっていた。

マルコとエースは一日中苛立って船員を怯えさせていて、ナミュールは後悔に苛まれていた。
それ以外にも"裏切り者"への行き場のない怒り、家族を喪った哀しみ、また隊長格が欠けた料理番である四番隊の働きも悪いこともあり、船全体の雰囲気が重かった。


そしてまた日は変わり、事件から二日後。
サッチが回復するのを待とうと思っていた白ひげたちはしかし、夏島の気候のせいでティーチの亡骸がもたないと判断してその日中に葬式を執り行った。
そして、その次の日。事件から三日後だった。
ハルタが、重度の脱水症状とそれよりは軽いものの重い栄養失調、精神的なショックにとうとう倒れ、医務室に運び込まれた。
バタバタと点滴が繋がれていくハルタの横でサッチが目を覚まし、痛みに声を堪えながら起き上がる。
「サッチ隊長、貴方もまだ寝ていてください!絶対安静です!」

目敏く見つけたナースが声をかけてくるのも無視して、隣に寝かされたハルタをじっと見つめる。
こけた頬にくっきり残る涙の跡と真っ青な顔色。
それに、疑問を覚えた。
「ハルタ…?」
恐る恐るかけた声に、ハルタがゆっくりと瞼を開く。
「――サッチ…イゾウね、いなくなっちゃったんだよ」
口を開くと同時に言われたその言葉に、一瞬思考が止まった。
「…は?おいハルタそれどういう事だ!?」
「ティーチが、刺したって。イゾウがサッチを刺したって――ッ違う!イゾウじゃない!!イゾウじゃない…っ!イゾウがサッチを刺すわけないんだ!!」
血を吐くような絶叫がサッチの脳を揺らす。
――うそだ。
「僕、でも、ッああああああ!!!わかんない!わかんないよ…!でもイゾウは家族を愛してる!わかってたのに!僕が、僕のせいでイゾウはいなくなっちゃったんだ!何も、っ何も言えなくて、庇えなくて、守れなかった!!イゾウが海の中に沈んでって、でもイゾウは真っ暗で、前、まえが、イゾウが見えないよぉ…っ!」
泣き叫ぶハルタに向けられる船医やナース達の視線。支離滅裂なハルタの言葉の中からすくい上げた今の状況、ハルタに向けられる冷たい視線からそれに確信を持った。

「ッは…」
自分の愚かさに吐き気がした。
マルコ達ならすぐに真相がわかるだろうという根拠のない考え。当事者である自分が分からなかったというのに何故他人が分かるものか。
――イゾウが死んだ時、おれはティーチの処罰が決まってるものだと思い込んで寝ていた。イゾウが、おれを助けてくれた恩人である家族が裏切り者に罪を擦り付けられて死を選んだその時に、おれは呑気に寝ていたんだ。
怪我が言い訳になるわけない。おれは自らの意思で、勝手に安心して眠ったんだ。
おれが起きて状況を説明さえしていれば、結末は変わった。ハルタがこんなにも憔悴することもなかった。

――イゾウが死ぬことも、なかったのに。

「ハルタ…ハルタ、ごめん…ごめんなぁ…っ。おれが、イゾウを死なせたんだ…!」
ベッドから降りて、自分より随分小さな体を抱きしめた。ハルタの体は、以前にも増して小さくて細くなっていた。
申し訳なくて情けなくて辛くて悔しくて、自分が殺したいほど憎くてたまらなかった。痛みなんて一欠片も感じなかった。
何か言ってる船医とナースの言葉を無視して、サッチは口を開く。
「…隊長を、全員ここに集めてくれ」
ピリピリとした彼の雰囲気に、医師を残してナース達が隊長を探しに行くのはすぐのことだった。
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