てん、てん、と、さっきまで喋っていたティーチの頭が白ひげの体にぶつかって跳ねる。
首から先を失ったティーチの体が重い音を立てて倒れる。
瞬く間に血が流れ出して甲板を赤く染めていく。
新人の船員が目の前の光景に耐え切れずに嘔吐した音がする。
ツンとした臭いと鉄の臭いと潮の香りが混ざりあって気持ち悪い。

イゾウの行動に、マルコとエースはこの上ないほどの殺意と憤りを見せた。
ハルタは唇を強く噛み、白ひげは口を引き結び、何を考えているのかわからない。
無表情なままのイゾウが甲板の手すりに飛び乗る。
脱出の手筈はとうに整えられていて、このまま逃げようとしているのか、と、白ひげの熟練の船員達が身構えた。
しかし、イゾウは、ふわりとそのまま海へ倒れて行く。――悪魔の実を食べたにも関わらず。
「――ッイゾウ!!!」
叫んで、イゾウの後を追おうとするハルタを、殺気立ったままのエースが押さえ込んだ。
「ハルタ、やめろ!!」
「離せ!!エース、離して!!イゾウ、イゾウ…ッ!!!ナミュール、イゾウを助けて!!イゾウ!!」
半狂乱のハルタを見て思わず動こうとしたナミュールを、ビスタが止めた。
「この暗さでは…お前も危ないぞ」
ナミュールが立ち止まったのを見て、ハルタがさらに暴れる。
ジョズもハルタを抑えようと動き出したが、ハルタはエースの拘束から抜け出て海に飛び込んで行った。
「ッナミュール!ハルタを助けに行けよい!!」

慌てて声をあげたマルコの声に今度こそ動いたナミュールが、海に飛び込む前にまた動きを止める。
「イゾウ、なんで…っ!!」
ぐしゃぐしゃと顔を歪めたハルタが、闇に包まれてモビーの上に降ろされる。
ハッと戦闘態勢に切り替わる船員達の中、それは一瞬にして消えた。
「ぁ、あ…うそ、イゾウ…イゾウ、嘘でしょ?嘘だよね、ねぇ!!イゾウ、嫌だ、戻って来て!!僕、ごめん、イゾウ、お願いだから…!!」
闇があった部分に必死にハルタが手を伸ばしても、空をつかむだけ。
「嫌だ、イゾウ…っ!」
痛々しく泣き喚くハルタに、マルコが止めを刺した。
「ハルタ。イゾウはサッチを刺して、ティーチを殺した奴だよい」

「――そんなわけない!!!」
言葉は無意識だった。ハルタは自分が言ったことも分からず、甲板が静まり返ったことだけを感じた。
イゾウはいつも優しくて、家族を愛してた。でも、ティーチを殺したのはイゾウだ。なのにイゾウがサッチを刺したなんて思えない。でも、だけど、でも――。
「本当に、イゾウなの?サッチを刺したのはイゾウなの?だって、イゾウは家族が大好きじゃんか!なのになんで、…っなんで、イゾウ、サッチ、ティーチ…!」
イゾウがサッチを刺したわけがないと思う。
だけどイゾウはティーチを殺した。
でもイゾウがサッチを刺すなんてありえない。
ならなんでサッチは、ティーチは、イゾウは――。
「わかんない、わかんないよ…!!でも僕が知ってるイゾウはサッチを刺したりしない!!イゾウは家族が大好きで、僕達を信じてくれてて…!ッイゾウ、なんで死んじゃったの?なんで、…ッなんで独りで逝っちゃったんだよ!!イゾウ、イゾウ…?あれ、僕、イゾウが真っ暗で、引っ張ろうと思って、でも暗くて……あれ?なんでイゾウいないの?イゾウ、どこ?イゾウ、なんで、どこにいっちゃったの…?イゾウ、イゾウ、イゾウ…!」
――もう、何も分からない。
糸の切れたあやつり人形のようにハルタが頽れる。
固まっていたエースがはっと手を伸ばしてその体を受け止めた。
それを起点として固まっていた空気が動き出す。
尚も呆然と固まったままの誰かが、心中で呟いた。
(誰も、イゾウの話を、聞いてない)

そして白ひげは未だ、何も言わなかった。――否、言えなかった。
事実を知らぬまま、サッチが刺された事やイゾウが犯人だと言うことを聞かされ、そしてそれを言ったのはティーチ。
その中のどこかの要素が息子でなければ話は別だっただろう。けれど全員が大事な家族なら――即決など、出来るはずもない。
ムードメーカーであり、分かりにくいだけでいつだって冷静な判断をしてくれていたサッチが刺された衝撃と、立て続けにもたらされた犯人はイゾウであるという言葉。そして、古株のティーチの首をはねたイゾウ。
そんな状況で、一体誰が、冷静な対応が出来るものか。――全員を、愛しているのに。

* * * * * *

―――場所は変わり、医務室。
苦悶の声をあげながら、体を起こしたサッチに、船医とナース達が駆け寄る。
「サッチ!馬鹿、まだ起きんじゃねぇ!!」
荒い口調で嗜める船医の言葉を無視して、誰にともなく尋ねる。
「ティーチは……イゾウは…?」
「二人も皆さんも、恐らく甲板に」

ナース長の答えにサッチは心底から安堵した。
ティーチを逃がさないですんだのだと、イゾウも無事だったのだと、――そう信じて疑わずに、ベッドに身を沈める。
目が覚めたら、イゾウにいい酒を買ってこれでもかってほど礼をしようなんて悠長な事を考えて。
彼は、眠りについた。

(裏切り者は死に、恩人であるその人もまた、死んでいるとも知らずに)
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