*最初からクライマックス
*昔書いて放置してたメモ帳のネタフォルダから出てきた奴を加筆したり修正したり



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「レイヴン…ッ!」

目の前に敵が揃う中聞こえたそれは、酷く緊迫していて、振り絞るような声だったと思う。

「っレンちゃん?…ッ!?」

愛しい恋人の声に敵をあしらいつつどうにか振り向けば、目の前で細い肢体が吹き飛んだ。
木に叩きつけられ、ずるずると崩れ落ちていく。
「−−え」

声の主はエステルかリタか。高い悲鳴がレイヴンの鼓膜を打った。
頭から血が流れていくのが見える。早く回復をしなければ、戦闘不能じゃ足りなくなる。−−回復しようのない、死に至ってしまう。
赤い血が、レンの命が零れていく。
手から、零れていってしまう。
レイヴンの視線の先で、レンはぴくりともしない。

「おっさん落ち着け!」

低い声がレイヴンを詰る。しかし最早レイヴンの耳には入らない。
視線の先の流れる赤からも顔の白からも目を離せない。
恐慌し焦燥しているのに、レイヴンの体はどうしても動かない。

「−−ッ灼熱の軌跡を以って野卑なる蛮行を滅せよ…スパイラルフレア!」

ぶわりと走った赤は豪熱を持ってレイヴンの横を走っていく。
ぴくりともしなかったレイヴンの足はそこに至ってようやく、レンの横を通り過ぎた炎の赤に追い立てられるように駆け出す。
それを追って、道を作ったリタとその後ろについてエステルも駆ける。
ユーリは撃ち漏らしを3体纏めて相手取っている。

「レンちゃん…ッ!ねぇしっかりして、おっさんを1人にしないって言ったじゃない、ねぇ…!」

グミを食べられるような状態ではない。レイヴンの持つ回復手段は愛の快針だが、それでさえ治るかどうか危うい。
ずさりと上品な服が擦れるのも気にかけず、エステルが膝をつく。

「ッ彼の者を死の淵より呼び戻せ…レイズデッド!」

ぴかりとレンの体を光が包み−−しかし、傷が治らない。レンの息がない。

「どうして!?…万物に宿りし生命の息吹を此処に…リザレクション!−−何で治らないんですか…!リタちゃん、どうしたらいいんです!?レンさんの傷が治りません…!」
「あたしだって知らないわよ…!どうしろって言うの!?」
「どうしたら…!っ瞳閉じし者、鼓動の旋律を奏でよ…リジェネレイト!天の使いの姫君よ、その壮麗たる抱擁の力を…ナイチンゲール!どうして…っ!お願いだから、届いて!!」

最早エステルは泣いていた。ぼろぼろと涙を流し、霞む視界の中でも一際鮮やかな赤に目を背けたくなりながら、思いつく限りの治癒魔法を使った。
どうやっても傷が治らない。−−死人には治癒魔法が効かない。そんな事実など見たくはなかった。逆をとれば、治癒魔法が効かない彼女は死人だと分かってしまうから。

「おっさん!アンタの恋人なんだから自分で救いなさい!」

優しい優しい、姉のような女性(ひと)を想い、助けてと請う思いを発破をかける声に隠してリタが叫ぶ。
ユーリはモンスターを吹き飛ばした隙に、レイヴンに向かってパナシーアボトルを投げつけていた。重い剣を自在に振り回すユーリから思い切り投げられたパナシーアボトルは強い痛みを持ってレイヴンを襲う。
そこまで来てようやく、レイヴンの混乱は収束を見せ始めた。
揺れに揺れていた視界が収まるべきに収まる。色を失ったレンの優しい笑みが、レイヴンの心を抉る。自分を守り、こんな目に遭って尚レンは満足していた。なのに自分は何故混乱するばかりで彼女を救おうと出来なかったのだろうと、酷く情けなく思った。
ふと視線をずらせば、泣き濡れるエステルがレイヴンを見つめている。

「レンが…お願いします、呼び戻して、レイヴン、お願いです…」

途切れ途切れの願いに、常には劣るものの落ち着きを取り戻したレイヴンは、しっかりと頷いてみせた。
そして時間が惜しいとばかりにレンに視線向けて、冷え始めた手を握る。

「レンちゃん…レンちゃん、おっさんのこと置いていかないって約束はどうしたのよ。ねぇ、戻って来て、レンちゃん」

どこまでも優しい声だった。懇願に塗れたそれがぽろぽろとレンに落ちる。戻ってきて、一緒に生きてと、酷く切実な願いが落ちていく。
レンちゃん、レンちゃん、とレイヴンの声は途切れることなく零される。
人の想いってのも馬鹿にできないのよと笑み混じりに言う声が聞こえた気がした。
そっと一歩下がり、レイヴンはゆるゆると弓を構える。

「レン…」
震える声はエステルのもの。相変わらず涙こそ零していたけれど泣き崩れることはなく、レンの言っていたことを思い出して年下のリタを気遣っていた。

「エステル悪ぃ!」
ユーリの焦った声にエステルが振り向くと、レンを吹き飛ばした触手が迫ってきていた。
「ッ行きます!」
声と共に出現した光が触手と、序にそのモンスターまでもを貫いた。再度悪ぃと叫んだユーリは残り1体になったモンスターにトドメを刺さんと動く。
レイヴンの手から伸びた光が、離れた。

「帰っておいで!」

それは分かりやすく言うなら除細動だ。
医学に造詣が深いレンに教えられた通り、効果的な電圧に調整された術技。心臓に電気を通し、正常な鼓動を取り戻させる。
本来ならば−−その道具があるならば心電図を確認するが、心電図なんてないのだからしょうがない。
衝撃に少し浮き上がったレンの体がそのまま地面に戻る。
レイヴンが側に戻って呼吸や心拍の確認をしていく。レンの教授は正確かつ的確だったのだろう。細いながらに呼吸も心拍も戻っている。

レイヴンは軽くレンの頭を上げ、ライフボトルの蓋を開けて飲ませる。飲み込んだのを確認すると頭を戻し、もう1度弓を構え放たれた矢がレンの傷を少しだけ癒す。
レイヴンの持つ術技では、最低限の治癒しか出来ない。
嬢ちゃん、と呼ぼうとした声は、口に出す前に震えながら唱えられた詠唱によって出番を失った。

「万物に宿りし生命の息吹を此処に…リザレクション!」

流れ出ていた血が止まり、レンの瞼が上がっていく。
深い安堵感に、エステルとリタから力が抜ける。抱き合って泣く彼女らの下へやっと敵を倒せたユーリが歩いてきた。
レイヴンは傍目もふれずにレンを抱きしめた。温かい体に、ようやくレンが戻ってきたんだと認識した。
レンが倒れた時、心拍がないと気付いた時、どれだけ生きた心地がしなかったか。また失うのかと、どれだけ恐怖したか。

「分かってるの、レンちゃん」
「−−レイヴン、ごめんね…」

レイヴンの肩に頭を凭れ掛からせるように横抱きにされていたレンが、ゆるゆると色黒の、しかし青褪めた頬を撫でる。
柔らかい手にくしゃりと顔を歪めながら、再び分かってるのと呟く。主語のないそれの言いたいところをレンはある程度察した。

「うん、ごめんね…ごめん。ありがとう、レイヴン、だいすきよ」
「おっさんも、レンちゃんのこと愛してるわよ。だから、約束破らないで。俺のこと見送ってくれるって言ったの、レンちゃんでしょうが」
レイヴンはぎゅう、と力の限り−−所々に治りきらず残った小さな怪我に障らないぎりぎりまで力を込めて、レンに縋り付いた。
「うん、…うん。本当にごめんね。…エステルも、リタもユーリも、ごめんね。ドジっちゃった」
リタが何も言わないままにぶんぶんと首を振る。ユーリはぺしと軽く頭を叩いてもっと上手く攻撃を流せと叱った。エステルはよかったと泣きながら笑う。

「さぁて、帰るか。レンもしばらく休ませなきゃなんねぇしな」
ユーリは気を取り直した風に剣が収まった鞘で肩を叩きながら促す。
「…そうね。モンスターが現れる前に早くここを離れましょ」
ぐしぐしと目を擦ったリタもそう言って立ち上がった。赤くなった目に、レンが少しだけ目を伏せる。
「はい!帰りましょう!」
未だ潤んでいる声を精一杯張り上げて、エステルはレンに笑顔を向けた
「−−うん、帰ろう!」
そう言って頬を緩め、レンはレイヴンの腕から降りようとした−−が、そのレイヴンがレンを抱きしめたまま力を緩めない。

「レイヴン?私降りるよ?」
それを無視して立ち上がったレイヴンは常のように明るく−−ユーリに言わせれば胡散臭く笑み、声を張った。
「さー帰るぞー!俺様お腹空いちゃった!それに、ジュディちゃんが恋しいし〜」
「は?いや待ってレイヴン!降ろして!」
慌てふためくレンを横目にユーリはにやっと目を細める。
「そうだな。早く帰るぞお前ら!」
次いでリタが、最後にエステルまでもが悪戯っぽく笑ってレンの先に走って行く。
「そうね、早く帰りましょ。レン、おっさき〜!」
「レン、お先に失礼しますね!」

そこまで来ればレンも気付いた。何て可愛い罰なんだろう。

「帰ろう、レンちゃん」

ふわりと表情を緩めたレイヴンに微笑んで、先と同じ言葉を返した。−−万感を込めて。
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