憎々しい双子の片割れが、誰からも愛されるハリー・ポッターが、大切な父で愛しい男である彼の傍に膝をついている。
横たわる彼の黒い服に滲む血の色は全く見えないのに、床に広がっていく血はひどく鮮やかだった。
僕を見てくれと言い残す彼は苦痛に顔を歪めていて、けれどハリーの目を見るその瞳だけがいとしさに溢れている。
それがかなしくて、くやしくて、さみしくて、───だけど頭のどこかでは疾うに分かっていた。
(あなたは、最期の最後まで変わらない)
「父様」
アニーは赤色の中心で横たわるスネイプに歩み寄って、ハリーの隣に崩れるように膝をついた。
「…とうさま」
まだ温かくて柔らかい父の手を取り、視線はスネイプに向けたままハリーに向けて呟く。
「ポッター、あなたは自分のやるべきことをやるべきでは?」
その言葉にハリーは一瞬動きを止めて、───しかしすぐにホグワーツへと駆け出した。

バタバタと響く三つの足音が遠ざかると、アニーは力が抜けたかのようにスネイプの体に額を寄せた。
「…とうさま……っ父様!」
ぼろぼろと涙を零して、空いた左手が黒い服をくしゃりと掴む。
詰りたかった。縋りたかった。今まで抑えてきたことだってぶつけてしまいたくて、でも───アニーは全てを呑み込んで、たった一つの選択肢を選んだ。
「───愛しています。貴方を、セブルス・スネイプを。父として、家族として、…一人の男性として、誰より愛しています」
(貴方は私のことなんてどうでもいいと思っていて、片割れと母だけを愛していても)

瞼を閉じた拍子に最後の涙がアニーの白い頬を伝った。
成功するかも分からない賭けに、彼女は自分の命を握りしめて臨む。
そんな愛し方しか、彼女には思いつかなかった。

「───アバダケタブラ」

細いからだが、崩れ落ちた。


*****

ふと、目が覚めた。──目が、覚めた?
(……私は、死んだはず)
しかし、瞼を上げれば叫びの屋敷の薄汚い天井がある。指が動くかと試してみればいつも通りとはいかないまでも動く。
「な、にが……」
ひどく掠れた声が出た。思わず咳き込んで、そこでようやく自分にかかる重みと、ナギニに噛まれた傷の痛みが全くないことに気がついた。
軋む体を動かして腹の方に視線を向ける。

見慣れた顔。見慣れない青白さ。愛しい娘が、──愛しく思い始めていた女(ひと)が、リリーと同じ色をして倒れていた。
叫ぶ声すら掠れて出ない。飛び起きることもできない。それでも無理やり体を起こし、アニーに触れる。
「……ッ!」
冷たい。リリーと同じ温度。リリーと同じ感触。ちがう、と無意識に声が漏れた。

起きろ、アニー。と呼ぶ声が掠れていて煩わしい。
彼女が小さい頃はよくこうして起こした。すぐにぱちっと大きな目を開けて、おはよう父様、と控えめに笑ってくれた小さいアニーの顔が脳裏に浮かんだ。

死者は帰ってこない。リリーのときに痛いほどわかったはずなのにまた、かえしてくれと祈らずにはいられなかった。
泣くことすらできなかった。──アニーは、私のせいで死んだのだろうと、気づいてしまった。また置いていかれた。また私のせいだ。
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