ついったの流行りに乗っかる(文)


「…捨てられたのかい」
射干玉の黒髪を女性らしい体つきに沿わせるように波打たせて、彼女は――魔女は、黒いドレスの裾を掴んでいる薄汚い子供を見下ろした。
「…私のところに来たって何も無いよ」
そうは言っているものの子供は手の力を緩めることなく、むしろまるで崖にぶら下がっている中それだけが体の支えであるかのように強まっていくばかりだった。

*******

かちゃとドアの開く音がして、息子が帰ってきたと魔女は振り返った。
「…どうしたんだい?」
入ってきた息子の様子をおかしく感じ、彼の瞳を見つめて呟く。
(かあさま、かあさま、かあさま、きづいて、たすけて、いやだ、きりたくない、かあさま!!!)
ふらふらと覚束無い足取りで自分の方へ歩いてくる息子を抱きとめ、再度口を開く。
「どうしたんだい、私の愛しい子」
背中をあやす様に撫でながら抱き寄せる。
(いやだ、かあさまちかづかないで、僕にちかづいちゃだめだ、ああ、ああ、ああ、かあさまのことをきりたくない…!!!)
瞳に違和感は感じていた。けれど、まずは愛息子を落ち着かせることが重要だと思っていて――それが、命取りだった。

(かあさま…っ!!)
「ッごほ」
――一瞬、何が起こったか分からなかった。
魔女は自身が刺されたことを知覚した瞬間、出血以外の原因で血の気が引くのを感じた。
――育ての親の自分を刺したことで、魔女が育てたなんて思えないほどやさしいやさしいこの子がどれだけ傷つくか。
(かあさま、かあさまが、かあさま、僕が、僕が刺した、かあさまのことを、僕が、かあさま、かあさまから血が、赤い、いやだ、かあさま…!!)

「だい…じょうぶ。大丈夫だから、安心しな。そうかい、操られてるんだね?落ち着いて私の目を見なさい、私の愛しい子」
「か、あ、さま、にげて…」
魔女の後ろでもう1度その背中にナイフを刺そうと蠢く右腕を必死で左腕で抑えて、操る魔力にも抗ってみせて、愛息子は苦悶の表情を浮かべてはらはらと涙を零している。
「私の目を見なって言ってるだろう!この魔女様を信じられないのかい?」
目が合った瞬間、息子の額を強かに叩く。
息子は一拍置いてぼろぼろと泣き出した。

「かあさまぁ…っ!」
「ごめんね、私の可愛い子。もう大丈夫だから安心しなさい。ほら、怪我もすぐ治るから」
そう言って魔女が毒々しい色の薬を呷ると、その色と正反対に魔女の背中はシミ一つない美しさへと戻った。
魔女は号泣して肩に顔を埋めてくる息子の頭の後ろを撫で、片手で抱きしめる。
「ごめんね、気づいてやれなくて。私も平気だし、お前も悪くないさ。お前に私を切らせてごめんね」
「かあさま…かあさまぁ…っ」
それ以外の言葉を知らないかのようにしゃくりあげながらかあさまと繰り返す息子に愛おしさを煽られ、魔女はぎゅっと腕に力を込めた。

「あとで魔除けをしてあげようね。それに、今日のご飯は私がお前が好きなものを作ってあげる。それで夜は、久しぶりに一緒に寝ようか」
息子は嗚咽混じりにうん、うんと肯定の声を発しながら縋り付くように抱きしめ返した。
見えないことを幸いに魔女が、心底愛おしいというように頬を緩める。
「でもまずは、昼寝をしようか。ベッドもこっちに持って来よう」
肩に乗る息子の頭はそのままに、振り返って部屋の奥に見える寝室からベッドを移動させる。
一緒に布団に入って息子の瞼を魔法で冷やしながら、魔女は優しく微笑んだ。

「おやすみなさい、私の愛しい子」
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