「ッしろう、さん…!!」
「っ、#name#!!助けてくれ!!」
「…獅郎さん、しろうさん?獅郎さん!!」
「獅郎さん、獅郎さんしっかりして!!」
…(#name#なら任せられる)
「死ぬな!!!!」
「う、ゔ、お゙ォ゙おおああ!!!」

「っ父さん…!!」
「…りん…ねぇ、しろうさんが息してないよ…」
「ごめん…っ!#name#、ジジィごめん…!」
「ねぇ、しろうさん、死んじゃったの?」
「ごめんな…!!」
「…そっか。獅郎さん、死んじゃったんだ…」
幼い口調で獅郎の名を呼んでいた#name#が、ふと年相応の冷静さを取り戻した。
「…#name#…?」


「…燐。獅郎さんのこと、よろしくね。獅郎さんに、幸せだったよって、#name#は、貴方に拾ってもらえて、貴方と過ごせて、幸せだったって伝えてくれる?」
「なに、いってんだ…?」
ひどく凪いだ瞳だった。何の波もない、静かな表情。
「燐、愛してるよ。雪男も、獅郎さんも、本当に愛してる。愛してるよ。だから、私は幸せ。本当に幸せだよ。愛してる」
「なぁ、なに言ってんだよ!!」
吠える燐にはもう目もくれず、#name#は獅郎の顔に流れた血を拭っていく。
満足そうな表情を見て、#name#はやさしく微笑んだ。
「獅郎さん、獅郎さん……ありがとう。本当にありがとう。…大好きだよ」
指の欠けた手を慈しむようにやわらかく握り、悪魔の消えた部屋にうつくしい声が−−謡(うた)が響く。

口を閉じると同時に、#name#はくしゃりと泣きそうな笑みを浮かべた。
「…さよなら、獅郎さん」
その声と共に、そっと口付けが落とされる。
燐の目に、その光景はひどく神聖で尊いものに見えた。

#name#と獅郎の上に、細い円が現れる。白く光るそれは、ゆっくりと中心に集束していく。
光が小さい円になり、白い点になり、そして消えた瞬間、とん、と#name#の体から一切の力が失せた。
「…#name#?」
燐の震えた声が、部屋に蔓延した静寂を揺らす。
#name#はほんの少しも動かない。

ぴくり。

突如として生じた空気の揺れに、燐は体を硬直させた。
(んなわけ、ねぇ)
だって彼は死んだのだ。自分の目の前で、自分に刃を突き立てて、――。

「…なんだ…?重い…」
「じ、じぃ?」
「りん…?」
「ッジジィ!!!」



「…獅郎さん」
夜の静寂(しじま)を微かな声が揺らした。
#name#の視線の先にある獅郎の顔には、目元には薄ら隈が見えた。
再度口を開く。
「獅郎さん」
常ならば気配に敏感な獅郎は、その2回目の呼びかけでようやく目覚めた。
バッと跳ねるように起き上がるや否や、チェストの上にあった銃を掴んで#name#に向ける。
やや焦点のあっていなかった瞳が自分を捉えた瞬間、引き金にかかった指が震えるのが見えた。
「…#name#…?」

−−彼は分かっている。私が、正しく#name#であることも、−−悪魔となった理由も。
「獅郎さん。…貴方を、守りに来ました」
するり、と獅郎の手から銃が滑り落ちていく。
それには目もくれず、#name#は獅郎の瞳をじっと見つめた。相変わらず、ひどくうつくしい瞳だった。
獅郎は泣き出しそうに顔を歪め、勢いよく#name#をかき抱いた。
言いたいことは数え切れないほどあるのに、喉が詰まって何も言えない。だから、思い切り抱きしめた。
抱きしめた体は、昔より少し冷たかった。


「−−獅郎さん、落ち着きましたか」
#name#の力の名残でサタンの憑依の危険が消えた獅郎は、長年抑えてきた感情の起伏を全てぶつけるように#name#に縋って涙を流した。それでも声は上げないのはきっと年齢からくるプライドだろう。
獅郎の目元が押し当てられていた肩口は温く湿っていて不快だろうに、獅郎は顔を上げようとしない。
「獅郎さん、顔は見ませんから、タオルを取ってきましょうか?」
「…いい。まだ、ここにいてくれ」
耳心地の良い低い声が久しぶりに発せられた。涙のせいで少し掠れたその声に応えるように獅郎の背中に回した腕の力を強める。
「…獅郎さん。私は、貴方が1番嫌がっていた力を使って貴方を助けました。…ですが、後悔はしていませんし、反省もしません。もしあの場面に戻れるとしても、私は何度だって貴方に命を捧げます」
静かな声が部屋に響く。
獅郎は咎めるように細い体をさらにきつく抱きしめた。
「貴方が嫌がっても苦しんでも、私は貴方に生きていてほしいから、必ずそうします」
さらに強まった力に、#name#の口から息が押し出された。それを察して少しだけ弱まる。
「…そんな私が貴方の側にいることが、貴方の迷惑になるのなら…」
「――ッんなわけ…!」
否が応でも嫌な想像をさせる言葉に、思わず獅郎が顔を上げた。
赤く泣き腫らした瞼が痛々しかった。
「…ならば、どうか使い魔契約を…。…私は、貴方を愛しています。第二の父として、初めての兄として、死線を共に潜った友として、目的を同じくする仲間として、−−ただの女として。誰より貴方に忠実であると誓います。他の何を置いても貴方を守ると誓います」
−−どうか、契約を。
そう言うと共に、#name#は滑るように獅郎の腕から抜けて床に跪いた。


「…っ」
喘ぐような獅郎の震えた息が静かな空気を揺らす。まるで葛藤がそのまま吐き出されたようだった。
暫くそのまま黙り込んでいた獅郎がようやく口を開く。
少しだけ言い淀んで、しかし覚悟を決めて跪いたままの#name#と目を合わせた。
「…誓いを受ける。今この時より、お前は俺の使い魔だ、#name#」
「ありがたく」
古い修道院の一室が、酷く荘厳な空気に包まれた。
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