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それから何度かその鬼と木の下で会うようになった。
俺は「兄ちゃん」と呼んで、兄ちゃんは俺を「銀」と呼ぶようになった。
「銀は髪だけでなく目も綺麗だね」
「目?」
「うん、その紅い目って言うのは強い鬼の象徴なんだ」
ぱらぱらと持っていた本のページを捲り兄ちゃんは指差す、俺は所々覚えた文字を目で追って確認する。それらしい事がそのページには書いてあった。
「僕は青い目だからね、あまり強くはないんだ」
困ったように笑う。
「それでも閻魔大王は数ある秘書候補の中で僕を選んでくれた、そう思ったら目の色がなんだ!髪の色がなんだ!って思えるよね」
そう言って兄ちゃんは俺の背中をばしばしと叩く。
「閻魔大王…に」
会話の中に閻魔大王が出てくるなんて、やっぱり兄ちゃんは秘書なんだなって驚かされる。
「銀も閻魔大王の秘書に憧れる?」
「え!?」
閻魔大王の秘書なんて、ちょっと前まで俺とは無関係のものだと思っていた。
「…まぁたいていの鬼の憧れだよね」
本当は、ずっと憧れていた。
俺の姿じゃ駄目だと分かっていた分更に強く憧れていた。
「俺が…閻魔大王の秘書に、なれるの?」
「なれるよ、銀ならきっと凄い優秀な秘書になるね」
そんな言葉がくすぐったくてすぐに顔が赤くなってしまう。こういったことに慣れてないからどうしたら良いか分からなくて思わずうつむく。
上から「赤鬼になってるよ」とからかわれて余計に顔に熱が集中しまう。
兄ちゃんは本当に色んな事を褒めてくれる。
疎ましいこの髪だって、今みたいに目だって、文字を教えてくれれば覚えが早いって褒めてくれるし、喜んでくれる。
それが嬉しくて俺はもっともっと勉強する。
そんな日々が楽しくて楽しくて仕方ない。
「周りの鬼達が言ってたんだけど、兄ちゃんがまだ正式な秘書って決まってないって本当?」
勉強に一段落ついて休憩したところで気になった事を尋ねてみる。
「うん、よく知ってるね
名前を貰う儀式があって、それを終えてから初めて正式な秘書として仕える事ができるんだ」
「へぇー、いつ貰えるの?」
「そう、だなぁ…もうじきだと思うよもしかしたら次銀と会う時には秘書になってるかも」
兄ちゃんは自分の胸を叩いて誇らしげに言う。
さらさら揺れる金色がきらきら光っている。
「正式に秘書になったらあんまり会えなくなる?」
閻魔大王の秘書って言うのは大変そうだし、暇がなさそうだ。
「多分そうなるね、…寂しい?」
「べ、別にっ!」
「あ、ひどい……大丈夫、あんまり会えなくなったとしてもこっそり仕事中に忍びこんでくれれば会えるから」
他の奴らには内緒でね、と兄ちゃんは人差し指を口に当てる。
「そんなことしたら閻魔大王に怒られるよ!」
「大丈夫、あの人もそんな真面目じゃあないから
…だからそんな悲しい顔しないで」
兄ちゃんに覗き込まれた顔はきっと泣きそうだったに違いない。
本当はすごく、寂しい。
「会えなくなるわけじゃないよ、まだ色々教えたいし、いつだっておいで、来れる限りくるから」
声が出てこなくては首を縦に振った。