?臨 | ナノ


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岸谷新羅はひどく暇を持て余していた。自身の誕生日だというのに愛する恋人は夕方まで仕事で帰ってこない。仕方のないことだけれど、朝から溜め息を何度もついていた。外は雨、出かける気にもならずただジメジメと憂鬱な正午をコーヒーをすすりながら過ごしていた、その時。ふいにインターホンが鳴った。もしかしてセルティが早めに仕事を切り上げて帰ってきてくれたんじゃないか、と淡い期待を胸に上機嫌で玄関を開けた。

「はいはーい!」
「やあ、新羅」
「……………」
「無言って何さ」

やって来たのは全身真っ黒の旧友。期待していたばかりに新羅はがくりと項垂れた。すると、くしゅん、と臨也のくしゃみが小さく聞こえた。

「って、君、びしょ濡れじゃないか!」
「うん…ちょっと来る途中シズちゃんに見つかっちゃって…」

ぼたぼたと玄関に雨の雫を垂らしながら困ったように笑みをつくる臨也の手には、ボロボロの箱と花束が握られていた。

「それ、僕に?」
「……まぁね」

尋ねると臨也は不自然に目を伏せた。

「……とりあえず上がらせてよ」












新羅は玄関先で軽くバスタオルで拭かせた後、靴下を脱いだ裸足の臨也をリビングに上がらせた。用意したマットの上にどかりと座ると、臨也はガシガシ頭をタオルで拭きながら不満気に愚痴る。

「ったく、今日に限って雨とか…シズちゃんもシズちゃんだよね、あんな土砂降りの中追いかけ回してくるなんて」

べったり濡れた服が肌に引っ付くのが不快なのか、時折服の裾をぱたぱた乾かすように引っ張る。そんなしとどに濡れそぼった臨也の眼前に新羅が淹れたてのコーヒーを差し出した。

「……あり、がと」

臨也は一瞬驚いたように目をまたたかせてから小さくお礼を呟いて、素直にマグカップを受け取った。しかし口を付けて少しすすったかと思うとすぐに放してしまった。しかめっ面をしている。どうやら熱かったようだ。猫舌な臨也に新羅は僅かに笑みを溢して机に置かれた箱と花束に視線をやった。つられて臨也もそれらを見やる。

「アネモネ…?」

散り散りになってしまった白い花弁に水滴が乗っている。新羅は静かにそれに触れて花の名を言い当てた。

「……誕生花」
「君って意外とロマンチストなんだねえ」
「うるさい」

ばつの悪そうな顔をした臨也がやっとコーヒーを飲み始める。と思いきや、また形の良い眉を潜めた。

「にがい」

友人の呟きに新羅は苦笑して台所から砂糖と食器を用意した。皿とフォークを机に並べてから、臨也の持ってきた潰れた箱を開けると、案の定甘い匂いが溢れ出てきた。新羅のその一連の動作を呆けたようすで見ていた臨也がようやく口を開いた。

「ちょっと……新羅、やめてよ。食べられないって」
「大丈夫だよ、形は崩れまくってるけど濡れてはないよ。ほら」

手招きされて臨也が立ち上がり箱の中を覗き込むと、ぐちゃぐちゃになったケーキたちが中でシャッフルされていた。

「ね?」
「なにが。無理だって」
「水入ってないよ」
「そりゃ俺が胸に抱えて死ぬ気で雨とシズちゃんから守ってきたんだもん」

黒い毛先に溜まり滴り落ちる雫をタオルで拭いながら臨也が呟く。新羅は原形を留めていないケーキたちを二枚の皿に移して机に並べた。臨也がジトッと咎めるように睨むが、新羅は有無を言わさない手際の良い手付きでさっさと準備をして椅子を引いた。

「…馬鹿」
「ほら、はやく座りなよ」

タオルを頭にかけた臨也が新羅の向かいに座った。コーヒーに砂糖を溶かして、目の前に用意されたケーキだったものにフォークを突き立てた。少量すくって口に運ぶ。甘い。

「白いアネモネの花言葉って」
「うん」
「期待と希望なんだって」
「へえ」

卓上でくたりと寝そべる白い花弁を指でなぞりながら、臨也が花束を見つめて言った。新羅は穏やかに相槌をうっていたが、すぐに首を傾げる。

「それって僕に合う言葉なのかな?」
「いや、全然?君達だったら熱愛とかそこら辺の言葉でしょ」
「セルティと僕はそんな風に見えてるのかい?嬉しいなぁ」
「バカップル」
「褒め言葉だよ」
「………まぁ、この花言葉はどっちかというと…俺の気持ちかな」
「へ?」
「ねえ、このケーキ甘すぎない?」
「そうかな?」











「じゃあまたね。タオルありがと」
「はいはい」
「それと、誕生日おめでとう」
「今頃かい?…まぁ、ありがとう」

雨のすっかり止んだ午後三時、臨也が帰った。新羅は彼を見送ったまま立ちすくみ、玄関を見つめながら臨也の言葉を反芻していた。
白いアネモネの花言葉は、期待と希望。それは、臨也の気持ち。

「……参ったなぁ」

切なげな笑顔が、脳裏に貼り付いて離れなかった誕生日だった。


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