.俺、折原臨也は数少ない友人である岸谷新羅が好きだ。
中学校時代、同じクラスになったことがきっかけで俺は不覚にも岸谷新羅という一人の人間に恐ろしい程に執着を持ってしまったのだ。しかし、恋をしたと同時に俺は失恋した。彼には愛してやまない、生涯を共にするつもりだと自分で公言している女がいた。毎日毎日、新羅の話をずっと我慢して聞き続けた俺は本当にスゴいと思う。相槌は多少いい加減だったかもしれないがそこは俺の努力に免じて見逃して欲しい。その上、新羅は俺の反応などあまり気にしてなどいない。つまり自分とその彼女の愛を育む過程、話をただ聞いて欲しいと言うより広めたいだけ、いわゆる自己満足だ。
ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。
望みなんて一切無いだろうこの片想いをし始めてから、気付けば10年経過していた。
ちなみに現在進行形である。
「やあ、臨也」
シズちゃんと喧嘩するのは…そりゃまぁシズちゃんが嫌いなのが1番の理由なんだけど、負った怪我を新羅に手当てしてもらうことが嬉しくて、それも1つの理由で………なんて、こんなこと死んでも言わないけど。
今日は前に負った大きな傷の容態を診てもらいにきた。1ヶ月程前にシズちゃんに貰った憎しみのたっぷりこもった腕の傷である。結構な重傷だったので、想いを寄せている新羅には見せたくない、というとても妙な意地っ張りが邪魔をしてしまい仕方なく手配した適当な医者に診てもらった。一流なだけに確かに手際がよく非常に丁寧な処置を施してくれたが、やはり新羅の方が良かった。
特に新羅に治療してもらっている間の時間が何より好きだ。軽い会話の応酬はもちろん、黙って治療に専念する新羅に声をかけないでいる静かな時間も。全部全部愛しくて、それでいて切ない。治療の途中で、運び屋が仕事を終えてマンションに帰ってくることがある。その時の新羅は嫌いだ。治療を投げ出したことがあったからだ。新羅が運び屋をハートを飛ばしてお出迎えしているのを眺めながら、手当ての途中で放置されているときの虚しさはどうも慣れない。
でも、いちばん嫌いなのは新羅ではなく俺自身だ。
人の良いセルティに嫉妬だと?醜い、寒気がするほどに。
嫌で嫌でたまらないよ、新羅。俺は、君の好きな人を未だに受け入れられずにいるんだよ。どんなにひた隠しにしたって抑えきれない、どろどろ漏れるドス黒い嫉妬の感情。
「………臨也?」
大好きな新羅の声で我に返る。はっと顔を上げると俺の右手を診ていた新羅がこちらを不思議そうにこちらを窺っていた。
「大丈夫?」
「……ん、ちょい、疲れてる」
嘘。
「無理しないでよね。この傷、かなり酷いんだよ」
優しい、優しい新羅。
こんな俺の心配をしてくれる。新羅ははらはらと包帯をほどきながら脱脂綿をピンセットで摘まんだ。この新羅の手際の良い指が好き、見とれてしまう。
「ねー臨也」
俺の腕につ、と軽く指を這わした新羅は、そのまま目線をこちらには上げずに形の良い唇から言葉を紡ぎ出す。じんわりと自然に耳に馴染む新羅の声。
心地いい。
「なに?」
「これ、誰かに治療してもらったのかい?」
新羅はこちらを見ない。
「うん、適当な医師に」
しゅる、と長い包帯が新羅の指に摘ままれてゴミ箱に放り投げられた。
なんか 怒ってる?
いつまでも目線を上げようとしない新羅に僅かな違和感。
「君の怪我は僕が診る」
そこでようやくこっちを見た。
「臨也、他の奴に治療させないでくれ」
まっすぐな目に射抜かれたとしか言いようがない。
新羅、新羅、好き。
だけど変な期待はさせないで。君のたった一言で俺はバカみたいに一喜一憂して、舞い上がったり落ち込んだりするんだ。
治療が終わるまでの間、俺は何も声を発することが出来なかった。顔に熱が集中してきて視界もぐらぐらする。
運び屋、お願い助けて今なら帰ってきてもいいから。…いや、やっぱ駄目。
ぐるぐるとこんがらがる思考回路の中、とりあえず、溢れ出る愛しさにフタをした。
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