.たまたまだった。
「あ、あの、好きです」
そう、たまたまなのだ。
今日はドタチンも新羅も委員会で遅くなると言ってたから、俺は先に帰ろうと下駄箱へ向かったのだ。何も後ろめたいことなんかしていないじゃないか。
……なのに俺は今、下駄箱の後ろに身を潜めていた。
そうというのも、数分前俺が軽快な足取りで昇降口へと歩を進めるとそこではシズちゃんが女の子に告白されている真っ最中でした、以上!!
まぁ反射的に隠れてしまった俺も俺だが、そこにいられると帰れないんですけど。いくら俺でもこんなシーンにずかずかと割り込むほど空気が読めない訳じゃない。
……でも。ふーん……へぇ。
あのシズちゃんが告白されるなんてねぇ。
気付かれないように女の子を伺ってみると、小さく大人しそうな可愛い子だった。
あ、こりゃシズちゃん断れなさそうだな。俺の推測からすると、シズちゃんは今まで誰とも付き合ったことがない。黙っていればいい男なのに、あの短気さと馬鹿力を目の当たりにしちゃえば、相当肝が据わってなければ怖がって近付けないでしょう。うーん、勇気のある子もいるもんだ。
とかなんとか感心していると、
「折原クンじゃん!」
いきなり真横から声をかけられた。ビビった。
視線をやると女子が三人いた。
えっと、誰だろう、同じクラスの子かな?顔も名前も分かんないや。
「なに、覗き見してるのぉ?」
全然思い出せていない俺とは逆に彼女たちは馴れ馴れしく話しかけてきたので、どうやら面識はあるみたい。興味の無い物に対しての情報は全て脳内で切り捨て、抹消してしまっているからか。
「やぁ」
適当に営業スマイルを貼り付ければ女の子たちは、きゃあきゃあと喚いた。
「あ、もしかしてユミのこと見てるぅ?」
茶髪の子が聞いてきた。 ユミ?
「平和島に告白してる子だよぉ」
化粧が凄い子が小声で指差す方向には、シズちゃんと向き合ってもじもじしている女の子。
ユミちゃんっていうの。おそるおそる覗いているとさっきからおろおろパニクっていたシズちゃんが口を開いた。
「あのー…人違いじゃないッスか?」
「!!ち、違います!私は静雄さんが好きなんです!」
どくん。
……なにいまの。
「…………ねぇ」
まあいいや。
「ユミちゃんて、いつからシズちゃんのこと好きなの?」
いきなりの俺の変な質問に目を丸くしてから、ゆっくりと顔を見合わせる三人衆。
それから少し考えて
「つい最近だよねぇ」
と答えた。
最近か。じゃあ、シズちゃんと俺が出会った方が早いってことね。俺の方が、早く好きに………。
ん?
「あっ!もしかして折原クン、ユミのこと好きなの!?」
一人の女の子がいきなり気付いたように小さく叫ぶ。それにつられたかのように、他の二人もやだぁとかうそぉとか言い出した。いやいや俺、ユミちゃんのこと知らないし。それよりさっき俺は何を考えていたんだ?
別にシズちゃんが告白されるなんて俺には関係のないことじゃないか。何をそんなに気にしてるんだよ。
「ユミは平和島一筋だからやめた方が良いって!」
「ねね、私なんかどう?」
「ちょ、抜けがけ禁止!」
あー。
ちがくて、その、俺は
「俺が気になってんのはシズちゃんの方なんだけど」
「悪ィ、俺好きな人いんだ」
俺がわりと大きな声で言ったのとシズちゃんの断る声が聞こえたのは同時だった。
「「え」」
さらに、俺とシズちゃんが振り向いたのも同時だった。
「そうですか……」
ユミちゃんが涙を拭いながら俺の横を走っていった。
すると三人組が
「ちょっと、待ちなよユミ!!」
逃げるようにユミちゃんを追いかけて去っていった。まぁ普通いきなり俺のシズちゃんへの告白(?)を聞かされたら何て反応したらいいのか分からないだろう。変な奴だと思われただろうけど。
それよりだ。
「臨也……」
女の子たちがいなくなったことで、必然的に俺とシズちゃんの二人きりになった訳でして。
「手前、いつからそこにいやがった」
シズちゃんがどしどしと俺に大股で近づいてくる。
やばい殺される。つか好きな人って誰だよ。いや今はそこじゃねぇだろ俺。
「俺がどうとか言わなかったかぁ?」
ええ、言いましたとも。
でも教えられる訳ないだろ。
「シ、シズちゃんこそ、好きな人って誰なのさ」
やっとのことで絞り出した声は緊張でかすれていた。だっせ。つかみかかる勢いで俺の目の前に立ったシズちゃんは眉をしかめて、それから口を開いた。
ああ、誰の名前が出てくるんだろう。怖い、怖いなぁ。
俺は情報のつまった脳内で、シズちゃんが好きになりそうな女の子の名前を何人か勝手に予測して並べていた。まぁそんな予想なんてやっぱりシズちゃんの前では無意味だよねぇ。
「手前だよ」
「え」
俺が素直になるまであと――……。
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