.「なんだそれ」
静雄の尋ねる言葉に、臨也は動作を止めた。手には錠剤と水の入ったコップ握られている。
「なにって…」
臨也はテーブルに置いてある、白い錠剤がじゃらりと入った瓶にちらりと目配せして
「睡眠剤だけど」
淡白に答えた。
途端に静雄が顔をしかめる。
「なんだよそれ、聞いてねぇぞ」
「だって言ってないもん」
臨也はそう言って掌にあった錠剤を3粒、口内に放り入れてすぐに水で流し込んだ。こくりと細く白い喉仏が上下運動する。
「俺、不眠症なんだ」
言ってなかったっけ?と貼り付けたような笑顔。病的なまでに白い顔が睡眠薬とよく合う、なんて。
静雄がいつからだ、と訊くと臨也は高校の時から、と答えた。知らなかった、今まで一緒にいたのに。
「高校の頃は週に一度くらいだったよ。でも最近は毎日お世話になってる」
言って、リビングを出ようとする臨也。ソファに座っていた静雄が慌てて声をかける。
「寝るのか?」
「うん。これ、即効だし」
ふああと欠伸を溢し、臨也はドアノブに手をかけた。
「おやすみ」
静雄に背を向けてドアノブを捻った。が、開かない。
顔の横に扉を押さえている大きな手がある。覆い被さるように扉に映る影に気付き、臨也は振り返る。
「なに?」
子供をあやすような口調で、臨也が背後の静雄にきく。静雄はというと行かせまいと引き留めたのは自分なのに何かもごもごとして、言い出せないようだ。
「あ…のよォ」
「うん」
頬をほのかに朱色にさせた静雄の視線は斜め上だ。
「睡眠剤ってヤバイんじゃねぇのか…。飲みすぎると死ぬとかいう…」
真面目な顔でようやく吐き出された言葉に臨也は目を丸くして、それから吹き出した。
「……なに笑ってんだ」
「ふふ、だって、シズちゃん」
眉間に皺を寄せる静雄だが、細く笑う臨也の可愛さに馬鹿にされた気は薄れた。
「それ、いつの話よ?今はねー、たくさん飲んでも大丈夫なようにできてんの」
「……そうなのか」
耳の垂れた大型犬のように見えて、臨也は思わず宥めるように金髪を撫でる。細い指が染めて少しだけ傷んでいる髪の毛に絡まる。
「それに新羅が処方してくれたやつだし安心していいと思うよ」
ようやく静雄が安堵の息を吐いた。その様子に、臨也は背伸びをして静雄に抱き付いく。そして、すり、と額を胸に擦り寄せる。
「心配してくれたんだよね、ありがとう」
「……そんなんじゃねぇ」
そっぽを向いた静雄はそれでも顎の下にある臨也の頭ごとしっかり抱えている。
「眠い…シズちゃん、ベッドまで運んでー」
「………仕方ねぇな」
渋々、といった風だが猫のように甘えてくる臨也を見るとどうも断れない。
黒髪をかきあげ、額にキスを落とす。くすぐったそうに瞼を閉じる臨也の脇腹に両腕を差し込み、軽々と担いだ。
「シズちゃんも寝ようよ」
廊下を進むと担がれた臨也が静雄の横で提案する。とろんとした声色に誘われたのか分からないが、静雄の瞼も重くなった。
「あぁ、そうする」
ベッドに入った時、それじゃまた、夢の中で会おうね、そう言った臨也を抱き締めずにはいられなかった。
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