Main静臨 | ナノ




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「おかえりー」

風呂から上がると、どこから引っ張り出してきたのか俺の高校時代のジャージを見に纏った臨也がくつろいでいた。見回すと押し入れが全開で、中に収納してあった衣装ケースが無惨にも荒らされていた。どう考えても犯人の残した形跡だ。丸分かりってレベルじゃねえ。

「てめー…」
「まだとってあるんだこれ」

臨也が有り余る袖口を鼻に吐けてくんくんと嗅ぐ。オイ人の服の匂いを嗅ぐな。

「さすがに煙草の臭いはしないかぁ」
「クリーニング出したんだから当たり前だろ。つか脱げ馬鹿」

大股で近付いて襟首をぐいっと掴むと途端に臨也が叫んだ。

「ちょっ、この下何も着てないんだから引っ張らないでよね!」
「はぁ?何言っ…」

見下ろすとファスナーの前が少し空いていて、ただでさえサイズが違うのでだぼだぼの胸元から白い肌がさらけ出ていた。思わず手を離す。

「あ、さすがにパンツは履いてるよ」
「なんで素肌に着てんだよ…」

こいつの奇行っぷりには慣れない。溜め息を落としてから、床に置かれた臨也の部屋着に気付いた。ご丁寧に畳んである。ちくしょう自分の物だけ綺麗にしやがって。

「ねえ制服は?」
「あぁ?ンなもん実家だ」
「じゃあ今度持ってきてよ」
「断る」

絶対着るだろ手前。

「でも捨ててないんだね。なんか、シズちゃんらしいや」

袖口に口元を当ててクスクスと臨也が笑った。手は指まで隠れていて見えないし、ズボンの裾も何回も折っている。本当にひょろい奴だ。圧倒的な体格差に若干の優越感を感じていると、臨也がこちらを咎めるような目つきで睨んできた。

「何ニヤニヤしてんの?キモいんだけど」
「…うるせぇ」

駄目だ、こうなると何を言われても可愛く思えてくる。いつもなら生意気で小憎らしいこの態度にキレているところだが、今はなんとなく強がっているようにすら見える。緩む頬を慌てて自制し平静を保つ。

「…手前こそ、制服どうしてんだよ」
「俺?俺はー…」

顔を上げた臨也の表情には少しだけ躊躇いが伺えた。それから一呼吸置いた後にボリュームを下げた声が告げた。

「…売った」



「は?」
「…………」
「誰に?」
「…知らないおっさん」
「いつ?」
「…卒業式の日」

意味が分からん。

「…ちゃんと説明しろ」

臨也が嫌そうに眉をひそめた。面倒くさいことになった、そういう眼だ。

「言わなきゃ犯す」
「これだからシズちゃんに知られるのは嫌だったんだよ!」

臨也が叫んだ。
色々と聞き捨てならない。ぶかぶかのジャージを掴んで布団に引き倒すと、まぁもがくもがく。ひどく拒まれたことにもイラついて前のファスナーを思いっきり下ろした。がら空きになった薄い腹をするりと撫でると一際大きく喚かれた。

「説明するからどいてっ!」

そう言われたからには仕方なく、すごすごと上から退くと、臨也はファスナーを顎下まで上げながら上半身を起こした。

「で、なんだよ」
「…説明っていうか…そのまんまなんだけど…」
「あ゛?」
「ごめんなさい」

言い淀む臨也を凄むようにして睨むと速攻で謝罪が飛んできた。言うまで粘る姿勢の俺を見限って、溜め息を堪えた様子の臨也がぽつぽつと語り出した。

「俺高3の終わりくらいにストーカーっぽいのされてて…いやそんなひどくはないんだけど、待ち伏せくらったりとかそんなん。まあ放っといたんだけど」
「…………」
「で、卒業式の日に…下校途中にそのストーカーのおっさんに制服売ってくれって頼まれて」
「…売ったのか」
「うん、その場で」

絶句の一言に尽きる。
何も言葉を発することが出来ない状態の俺を見とって、臨也が話を続行した。

「前から目付けてたらしくて、俺ももう着ないから良いかなって思って返事したら、車ん中に連れ込まれて」

おいおいおい、

「…あれ、シャツも売ったかな…。あんま覚えてないけど、確かおっさんが買ってきた新品のジャージで家まで帰ったような…」

あまりの衝撃で言葉に詰まっていたが、引きつる喉を叱咤して衝動的に理不尽なことを怒鳴った。

「っなんで俺に言わなかったんだよ!」
「言う必要あったの?あの頃俺たち付き合ってなかったじゃん」

突き放すように言い返されて言葉に詰まった。確かに好きだと言われたのはお互いそれなりの年になってからだ。しかも、告白されてそこでやっと自分で気付いた。それまで臨也の必死のアピール(だと後で聞いた)をスルーしてきたのかと考えると、罪悪感がどっと押し寄せてくる。
拗ねてしまった臨也を宥めたいところだが今は制服が気になる。

「臨也、」
「…制服はブルセラショップにでも売ったんじゃない?」

興味ないけど、と付け足した臨也の機嫌が見るからに急降下している。ブルセラショップってあれか。一昔前に流行った、使用済みの制服とか下着とか売ってる店か。けしからん。
それだけでも許せないのに、臨也は煽るように吐き捨てる。

「それかそのおっさんのオカズになったかもしれないけどね」
「な、」
「…シズちゃんさぁ、俺の需要舐めてない?」

冗談に聞こえない言葉を畳み掛けられてその内容に頭に血が昇る。声を発そうとしたが、臨也の視線が突き刺さって寸前で言い止まった。

「俺、こないだ取引先の人に一晩ウン百万で誘われたよ」

今度はざあ、と血の気が引くのが分かる。臨也が色んな危ない奴と仕事をしているのは知っている。正直言ってしまえばそういうのは好ましくない。しかし臨也は、そっち方面の誘いは全部断るから安心して、と付き合いたての頃、俺に諭すように言った。臨也を信じていない訳ではないがまだ渋々承知している部分もある。故に臨也の発言が胸を抉った。

「もちろん断ったよ。……俺には君がいるからね」
「臨也…」

沈みかけていた俺に落ちてきた声に、不覚にもキュンとしてすぐに立ち直ってしまう自分が悔しい。臨也は自分で言った言葉に照れているようで、体育座りしていた足を抱え直して深く顔を埋めてしまった。黒髪から覗く耳を赤くした臨也が蚊の鳴くようなボリュームで最後まで虚勢を張る。

「シズちゃんはそんな俺をタダで抱けるんだから…感謝しろ」

台詞は強気なのに迫力は語尾につれてだんだんしぼんでいった。一向に顔を上げないが、それが逆に照れているであろうことを表しているのに気付かないのだろうか。そういう仕草も愛おしくて危なっかしくて気が気じゃない。

「感謝、する」
「…よろしい」
「だから危ねぇことやめろ」
「…善処するよ」
「ノミ蟲に悪い虫がつくだろ」
「……なんかややこしいなぁ、その言い方」




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