.※静雄さんが自転車通学設定頬を掠めていく一月末の厳しい寒風。自転車に乗っている為かより一層風をきり身体が冷えきっていく。赤くなっているだろう鼻をすすりながら首元の肌寒さにマフラーが恋しくなった。
そんなことを考えながら漕いでいると曲がり角から黒いものが飛び出してきた。
「うお…っ!?」
慌てて急ブレーキをかけると目の前の黒いものは満面の笑みを浮かべながら
「おはようシズちゃん」
平然と挨拶をしてきた。
「手前ふざけんなよ…朝からツラ見せんじゃねえ」
マフラーをして学ランの下にセーターを着こんだ防寒対策万全の臨也をじっと睨んで、轢いてやればよかった、と呟くと非難の声を上げながら臨也が荷台に跨がる。
「冷たいなー、奇遇じゃん。乗せてってよ」
「振り落とすぞ?」
俺を無視してちゃっかり乗り込んだ臨也がはやくはやくと急かす。寒々しかった背中に急に現れた体温に若干の…本当に若干の心地よさを感じてしまった自分がたまらなく悔しい。
「遅刻しちゃうよ?」
からかうような声色を聞いてすっかり諦めた俺は足をペダルに乗せてぐん、と力を込めた。
しばらく静かだった臨也に感心しているとふわりと首に柔らかい物が巻かれた。しかしその後、絞められるんじゃないかと思うくらいぎゅう、と力いっぱいに捻られてぐえ、と変な声が出た。
「っ何しやがる!」
「寒そうだったから…」
本日二度目の急ブレーキをかけて苛立ちをそのままに振り向けば、キョトンとした表情の臨也が呟いた。寒そうな首元を見て、ようやく首に巻かれたものがコイツのマフラーだと気付く。微かに匂う嫌味ったらしいくらいの良い香りに顔をしかめた。
「……ノミ蟲くせぇ」
「ひどっ、傷ついた!」
臨也が大袈裟に眉根を寄せてから、屈託の無い笑いを溢す。それを見てなぜか怒る気が一瞬で萎えてしまい、観念して前を向き再びペダルを踏み込んだ。モヤモヤした感情が胸の奥で妙にくすぶっているのを感じて、即座に脳の片隅に追いやった。
学校が近付く。この細い小道を抜ければ人通りの多い道に出る。
するとさっきまで腰に申し訳ない程度に添えられていただけの手が腹に回ってきた。思わず眼下に視線を向けると、自分の腹に袖で指が隠れた臨也の手が回されていた。そして、
「誕生日おめでとう、シズちゃん」
消え入りそうな声が背後で呟かれたのを聞き逃すはずもなかった。そういえばそうだったとか、ああ覚えていたのか、とかそんなこと今はどうでもいい。
漕いでいた足を止める。ハンドルから片手を離して、後ろに引っ付いている奴の小さな頭を抱え込んで囁いた。
生まれてきやがってありがとう。
(…手前、今日家来い)
(……やだよ)
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