Main静臨 | ナノ




.

休み時間、ふと窓の外を見ると天気が良かったので早速屋上でサボろうと教室を出ると、廊下に甘い香りが漂っていた。思わず立ち止まる。
周りをよく見ると廊下で男子がそわそわしている。一体なんなんだ。

「シーズちゃん」

声を聞き弾かれたように後ろを向くと、見慣れたムカつく笑顔を貼り付けた蟲がいた。

「呼ぶんじゃねぇ殺すぞ」
「物騒なこと言わないでよ…」

へらりと口角を上げる仕草に腹が立つ。折角いい天気なのになんでイライラしなきゃいけねぇんだ。俺たちを見るなり慌てて教室に戻っていく奴らを横目で見ながら、がしがしと頭を掻いた。

「すっごい甘い匂いするね、ここの階」

視線を移すと臨也の両手には色のついた袋などでラッピングされたクッキーが数十袋抱えられていた。一瞬なにかの行事かと思ったが今は9月、バレンタインでもなんでもない。俺の目線に気付いた臨也がその内の一つをひょい、と持ち上げて言った。

「今日さ、3組と4組の女子が調理実習なんだって。調理室ってここの階だったよね、どうりで甘い匂いがする訳だ」

その言葉でやっと真相が分かった。臨也は容姿だけは良いため、仮面を付けたあのヘラヘラな笑顔に釣られる女子は少なくはない。こんな憎たらしくて性格悪ぃ奴のどこが良いんだか。
こめかみに青筋が入るのを自覚しながら心底どうでもいい話を聞き流す。ね、と何故か相槌を求めてくる臨也を無視して屋上へと歩を進めようとすると。

「っあ、待ってシズちゃん」
「あ゛?」
「……これ」

制止の声を上げた臨也を振り向くと、袋を一つ差し出された。それは他のカラフルなのとは違いシンプルにラッピングされたクッキーだった。少し異色なそれを俺に差し出すその行動の意味が分からず眉間に皺が寄った。

「あげる。シズちゃんどうせ貰う機会ないでしょ」

本当にコイツは最低な奴だ、と改めて怒りを覚えた。人の気持ちを踏みにじるようなことを平気でするような。

「……いらねぇよ。人が気持ち込めて作ったのをそんな無下に扱うんじゃねぇ。しっかり受け取っとけ」

舌打ちをこらえた上、苛立ちを最大限に抑えながら忠告混じりに断ると、臨也は一瞬ぽかんとしたがすぐに俯いた。なんだ?

「……それなら尚更受け取るべきなんだけど」

何故か耳が赤くなっている臨也を見下ろす。ぼそっと小さな声で拗ねたように呟かれた言葉はもちろん聞き逃さなかった。
追い詰めるようにその細い体を壁へ追いやり、顔の横に肘をついて逃げないように檻をつくった。冷静を装いながらも戸惑いを上手く隠せていない臨也を見て少しだけ気分が良くなる。

「どういう意味だよ」
「…………っ」

口ごもる臨也を睨むこと数秒、無言の攻防に根負けした臨也がようやく口を開いた。

「……言い方変えればいいんでしょ」
「分かりやすくな」
「…………」

再び黙った臨也を急かすように距離を縮めると。

「…っあぁ、もう。………気持ちを込めて作ったので…受け取って下、さい」

語尾になるほど小さくなっていったその言葉は普段では考えられない程に弱気だ。こんな臨也見たことなくて、加虐心が妙に煽られた。

「女子のクッキーにどさくさに紛れて自分の手作りを遠回しに渡そうとしてた、ってことでいいのか?」
「…いっ、言うなぁ!」

赤くなりすぎて体温まで上がった様子の臨也は、悔しそうに涙を滲ませながらそっぽを向いた。その隙に、色とりどりな中で目立っている透明な袋に包まれたクッキーをひょい、と腕から奪い取った。あっ、と臨也が声を上げる。

「ありがとな」
「……どういたしまして」

すっかり匂いの無くなった廊下。苛立ちは甘い香りと一緒にどこかへ消えていた。


(味、どう?)
(……イマイチ分かんねぇから明日は弁当作ってこい)





.
- ナノ -