君と僕ら
『ネムリウサギ』が去ってしばらくしたあと、アリスは木に腰をかけた。
倦怠感はずっと付いてくる。なら、せめて家と呼ばれるところに行こう。ふかふかのベッドはないかもしれないけれど、どこか休める場所をもらおう。
アリスは意を決して立ち上がった。そして看板を睨み付ける。
「行ってあげようじゃない、帽子屋の家! 名前の通り休ませてよね、『ネムリウサギ』!!」
意気込んでアリスは、帽子屋の家の方向へ歩きだした。
行き先があることで、足の疲れを感じることはほとんどなかった。太陽のような光が見えなくなるほど鬱蒼と茂る木に戸惑いつつも、アリスは歩を止めなかった。『ネムリウサギ』との約束を胸に、アリスは歩き続ける。
その結果として、精神的な疲れを感じさせられることとなるのだが。
不意に、アリスはつんと袖を引っ張られるのを感じた。
「お姉さん、何処へ行くの?」
「お姉さん、其処へ行くの?」
突然の声に足を止める。アリスが視線を下げると、二人の少年がそこにいた。
「お姉さん、何処にいるの?」
「お姉さん、此処にいるの?」
その二人の顔のあまりのそっくりさに、アリスは鏡を思い出す。それは双子の少年だった。違いというものがまるで見当たらず、個を区別することすら知らないような。対称に立ち、対称に手を伸ばし、対称に困った顔をしている。
「あなたたち、誰?」
アリスの問いに、双りはニコリと笑った。
「僕らは、知らないよ!」
「僕らは、名がないよ!」
射つめるような眼差しに、アリスは少したじろいた。
「私、帽子屋の家に行かなきゃ行けないの。『ネムリウサギ』と約束したのよ。だから、その手を離してくれる?」
「僕らは、ネムリウサギの存在を知らないよ! 僕らは、眠りネズミの存在を知っているよ!」
「僕らは、ネムリウサギがいないのを知っているよ! 僕らは、『うさぎ』をふたりしか知らないよ!」
くるくる、と二人が回る。訳のわからなさに、アリスは目が回りそうになる。
(なに? この子たちは何を言っているの?)
「僕らは、嘘ついたヒトの存在を知っているよ!」
「僕らは、嘘つきウサギの存在を知っているよ!」
狂る狂る、と双りが廻る。周りがぐにゃりと歪み、道が見えなくなる。息が、出来なくなる。
(ネムリウサギが、嘘をついてる? だったら、私が向かうべき場所は、何?)
「遊ぼうよ、帰り道を無くした同郷のお姉さん!」
「遊ぼうよ、行き道を無くした同情のお姉さん!」
そして、アリスははっとする。
−−途中惑わされそうになっても、とにかく行き先を言い続けるの。
『ネムリウサギ』に言われた、言葉。彼女はこれを、言いたかったのか。
「・・・・・・私は、貴族兎に会いたいの。私は、帽子屋の家に行かなくてはならないの。あなたたち、私をそこまで送ってくれる?」
アリスの質問に、双りは反対の方向へ首を傾げた。まさに鏡のように。
「僕らは、『貴族兎』の存在を知らないよ!」
「僕らは、『貴族兎』の存在は知らないよ!」
「本当の名前じゃないと思うわ。ただ、そう呼ばれるヒトに会いたいの。そのためにも、私を帽子屋の家に連れていって」
「僕らは、『ネムリウサギ』なんて知らないよ!」
「僕らは、『眠りネズミ』しかしらないよ!」
「あなたたちが『ネムリウサギ』を知らなくても、私は知っているわ。私を帽子屋の家に連れていって」
「僕らは、お姉さんに正しい道を教えるよ!」
「僕らは、お姉さんに素敵な道を教えるよ!」
「正しいか正しくないかは私が決めるわ。ステキなお花畑の道も結構。私を帽子屋の家に連れていってくれればそれでいいの!」
双りは同時にびくっとして、そして同時に呟いた。双りの声が一つになり、まるで一人の声のようだ。
『僕らは・・・・・・帰り道を無くしたんだ。お姉さんもそうだったら良いのに・・・・・・』
その言葉に、アリスは無理矢理大きく息を吸って言った。
「自分の物を奪われたからヒトの物を奪おうなんて、傲慢だわ。
それに、帰り道は与えられたり奪われるものではない。自分で見付け出し、自分で尋ねることで作り出すものよ」
『・・・・・・』
「あなたたちは努力した? 帰り道を取りかえそうと努力した? それもしないで、ぐちぐち被害者顔をししているだけだったなら、怠慢のなにものでもないわ。
そんなあなたたちに黙って道を奪われるだけの私でもない。あなたたちがその気なら、私だって何度だって言う。私を帽子屋の家に連れていって!!」
視界が、滲む。視界が、開く。
行き方を思い出し、息の仕方も思い出した。
鬱蒼とした、先程と同じ森に囲まれている。アリスは、道を取り戻したことを知った。双りも先程と同じように、アリスの袖を捕まえているままだった。
「お姉さん、ごめんなさい。こんなこともうしません」
「お姉さん、ごめんなさい。こんなこともうしません」
「分かってくれたなら、いいわ。私も、押し付けてしまってごめんなさい。またよかったら遊びましょう」
アリスは双りににこりと笑いかけた。双りも少しだけ笑い、アリスと同じ方向に駆け出した。
「帽子屋の家はこっちだよ、お姉さん!」
「帽子屋の家にウサギとネズミがいるよ、お姉さん!」
「ありがとう」
少し双りに付いていくと、アリスは大きな門を見付けた。それを確認して、双りは「じゃあ、またね」といって去って行った。
またね、ということは、また会えるということだろう。
アリスはもう一度、小さくありがとうといい、大きな門を見上げた。その向こう側に、これまた大きな家が見える。門から家まで、また多少歩かされそうだ。
アリスは門の前で深呼吸をした。ネムリウサギとの約束を、果たすときだった。
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†to 阿沙紀さん
リクエストが「双子とアリス」とのことでしたので、双子を書かせていただきました///
性格もまだよく掴めていなかったので、なかなか難しかったです
かわいいのに〜、好きなのに〜!
『帽子屋の狂い言』の『マヨイノモリ』の続きなので、こちらを先に読んで下さると解りやすいと思います。
では、阿沙紀さん、リクエスト&相互リンクありがとうございました!
今後ともよろしくお願いしますー! †RuriCan(Akira)
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