白い兎はかく語る
「さて、ここで語るべきは我々の出会いの話だ!!」
白兎は薄ぐらい中、月明かりのスポットライトを浴びていた。
「なんたってこんなことに油断したみんなの寝顔見てたら何か知らないけど木の中に連れ込まれたぁー」
三月ウサギは膝を抱きながら、息継ぎもせずにしくしくと愚痴を言う。
「普段、周りにいる者たちに、『我々の逢瀬を邪魔するな〜』と殺気を振り撒いている三月よ! 今は二人っきりだぞ!! さあ、喜ぼう!」
そんな三月ウサギをよそに、白兎は一人でクルクルとターンをした。
「気付いて〜。殺気振り撒かれている相手が自分だって気付いて〜。そして、二人っきりなのは自分のせいだって認めて〜」
三月ウサギはため息をつきながら自分の致命的な過ちに思いを馳せた。
†
さっきまで四人の寝顔をしゃがみながらニコニコ顔で見ていた三月ウサギは、突然の白兎の登場に面食らった。
「さすが三月! その歌声は世界一、いや宇宙一!!! これは、ぜひとも二人で歌い踊らねばなるまい!! いざゆかん! 『タロタロ劇場』へ!」
キョトンとする三月ウサギにまくし立てた白兎は、三月ウサギの腕を引いて、近くにあった木に話しかけた。
「ちょっ、ま、あたしじゃないんだけど、歌ってないんだけどっ、離せー」
三月ウサギの叫びも虚しく、白兎は三月ウサギを連れて、木の根に飛び込んだ。
「それっ、『タロタロ劇場』への近道だ!!!」
しかし、彼らが劇場にたどり着く事は結果としてなかった。
突如三月ウサギを襲ったのは胃が上に上がる浮遊感。しばらくそうしていると、これまた突如お尻に痛みを感じ、三月ウサギはどこかに着地したことを知った。
普段ならば廊下を通ることで出口に至る『白兎の抜け穴』は、遠くにある頭上を覆い、うんともすんとも言わぬまま閉じてしまう。
おや? と不思議そうな顔をした後、白兎はポンッと手を叩いた。
「そうだった、ツリースター男爵の親戚は爵位が低いから、私の一族以外の者に『穴』を通す事が出来ず、フリーズするんだった」
「へ?」
「つまり、私たちはここから出られない」
はい? と三月ウサギは言えなかった。開いた口が塞がらない。三月ウサギは改めて辺りを見渡した。
遠くの頭上には木の根が蔓延り、少し見える土の隙間から外の気配が伺える。
「お〜い、アリスー!」
三月ウサギは叫んだが、頭上からはなんの音もしなかった。
こうなった主犯の白兎は、「なんということだっ! 服が土で汚れてしまう! まったく、普段のように赤白廊下を出してくれればいいものを!」と服の裾ばかり気にしている。
今はそんなこと関係ないだろ、三月ウサギは思ったが、何も言わずに地面に座った。
そして、後は冒頭の通り、夜になるにつれて高くなる月の差し込む光をスポットライトにして、白兎の一人舞台が幕を開けた。
†
「で、だ。私たちの出会いが劇的で刺激的だったことを覚えてるか? 三月」
「私にとって絶対的に大敵になったのは覚えているよ」
「あれは、いつだったかまだ肌寒い春先の事。赤い目をはらしながら君は泣いていたんだよな」
「あの日あの時あの場所で、風に乗ってきた花粉にくしゃみしたのが私最大の過ちだ」
「そこに私が登場して、私は一瞬でフォーリンラブ!!!」
「わかったことは、お前がくしゃみフェチってことだけだよ」
白兎の言葉に、三月ウサギは相変わらず膝を抱いて、そばにあった枯れ枝で土をいじりながら答えた。
「むふぅ、少し冷えるなぁ。こっちに来るかい? 三月」
「徹底的に遠慮するよ、白兎」
白兎は黙って三月の隣にしゃがみ込む。三月は、肩越しに白兎の体温を感じたが、特に身じろぎ一つせずに土をいじり続けた。
「さあ、あれを見ろ! 三月!! お前の名を冠した『月』だ! 明るくて綺麗で、まるでお前のようだ!!」
「こんな泥だらけな時にも言えるあんたが凄い」
「月っていうのはな、どうやらアリスの国では昼間に見える『太陽』に反射して輝いているらしいぞ!! 素晴らしいではないか! 自分が目立つのではなく、目立とうとする奴の輝きを得て、こうして今、私を照らしてくれているのだ」
「・・・・・・」
「月は太陽がないと輝けず、その存在を知らしめる事もない。だから、輝ける何かが『月』には必要なのだよ」
だから・・・・・・。
「む?」
白兎が、唐突に言葉を遮った。突然世界が真っ暗になったからだ。
「あんたらー、元気してるー?」
月明かりのスポットライトが消え、二人の頭上から声がした。
「うぬ? この懐かしい声は・・・・・・」
「ち、蝶子さん!?」
三月ウサギはガバッと立ち上がり、勢いざま白兎を突き飛ばした。
「むがっ」
「お久しぶりだわね、三月ウサギ。今糸を垂らすから、それを辿って上までおいで」
蝶子はそう言うと、手の平の大きさの蜘蛛に糸を出させ、三月ウサギの目の前までその糸を垂らした。
三月ウサギは、躊躇うことなくその糸を掴み、壁に足をかけて登り始める。
三月ウサギが地上まで登りきると、木がフルフルと震えだした。
「おや? 三月がいなくなったので、フリーズが解け始めたぞ!! って、おい、いまさら『タロタロ劇場』に行ったって意味ないんだ−−」
白兎は言葉を最後まで言うことなく、三月ウサギの前から姿を消した。
「・・・・・・ふぅ」
三月ウサギは、白兎の消えたのを確認してため息をついた。
「お疲れ様だわよ、三月ウサギ。スパイダーウーマンもお疲れだわよ」
蝶子は蜘蛛をひと撫でして、野に離した。
「でも、なんたって蝶子さんがここに? 通り掛かりだとしても気付かないでしょ、普通」
「あんたの住み処の家主に頼まれたのだわよ。
『三月の帰りが遅いです。アリスが騒いでかないません。きっと白兎に捕まって動けなくなっているのでしょう。私はこの家から出られませんし、何かのついでに見つけたら手伝ってやってください。お願いします』だってさ」
「帽子屋・・・・・・」
「まぁ、普段は人の頼みなんて断るのだけれど、代わりにいいモンも貰ったし、結果オーライだわさ」
そう言って蝶子は三月ウサギに背を向ける。
「ではね、三月ウサギ。帽子屋によろしくだわよ。ついでに小さいやんちゃボウズにも、あんたを心配してくれてるかわいい嬢ちゃんにもよろしくだわよ」
そのままフワッとジャンプしたかと思うと、そのままフワッと消えてしまった。
「・・・・・・」
三月ウサギは一人ぼっちになり、小走りに帰路につく。
ふと、三月ウサギは頭上を見上げた。そこにあったのは、小さいながらもほのかに輝く満月だった。
†
家に着いた三月ウサギは、庭先にいたアリスと鉢合わせをした。「心配したわよっ!!!」と目に涙をためながら叫ぶアリスに、三月ウサギは頭を撫でながら、「そんなに心配しなくていいのに」と言った。
家に入った三月ウサギは、リビングで読書をしている帽子屋に話しかける。
「心配した?」
「全く。アリスがやれ誘拐だ、やれカツアゲだ、とバタバタしているのが煩わしかっただけ」
「ひっどー。少しくらい心配してくれたっていいじゃん」
「この世界でそのような心配は無意味だよ」
ふーん、三月ウサギは帽子屋から顔を背けた。そのまま、帽子屋の椅子に背中を預ける。
「だけど」
そして、三月ウサギは少しだけ微笑んだ。
「一応言っとく。ありがとうな」
その声はかすれていて、帽子屋に伝わったのかはついにわからなかった。
End
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