4話
短縮された授業が終わり、チャイムは呆気なくホームルームの時間を告げる。私は担任に促され、教卓に立った。手にはルーズリーフを携えて。
「では、これから委員会決めを始めます。まず最初に、委員会の名前を黒板に書いていきますので、どんな委員があるかを見てみてください」
振り返って、黒板と対峙する。チョークを持ち、一文字ずつ書き上げて行く。
多少のざわめきが怖く感じるが、別に私に向いているわけじゃない。
なるだけ丁寧に、そしてすばやく書き上げて、私はみんなへ振り返った。
「次に、各委員会の説明を。放送委員会は・・・・・・」
担任に貰ったプリントを読み上げる。またもざわめきがおこるが、気にせず読み上げる。
「・・・・・・以上です。では、これから10分間を話し合いの時間にしたいと思います。自由に動いてなりたい委員を見つけてください」
ざわめきがさらに大きくなった。「何になる?」「めんどいー」「楽そうなのどれだろ」と、様々な声が聞こえてくる。私はここまで上手く進んだことに、安堵のため息をついた。
「金田」
端に座っていた担任が私の横に立ち、小さく声を掛ける。
「なかなかうまい進め方だな。生徒たちを理解した進め方だ」
私は何もしてないんです。全部岸田君のおかげなんです。岸田君がいろいろ言ってくれたおかげで、私は私の可能性を見つけられそうなんです。
こんな簡単なこと、何故言えないんだろう。
「10分経ったな。続けなさい」
「はい」
私は一度深呼吸をして、みんなの方を向いた。せっかくだから、席はばらばらのままでいてもらう。
「では、やりたい委員に手を挙げてください。クラス委員になりたい人・・・・・・」
案の定、誰も手を挙げない。やはり、初めから代表的なものは挙げにくいか。私は、次の欄の放送委員を読み上げようとした。
「あのぉ、これって推薦ってアリですかぁ? 岸田とか、クラス委員っぽいんすけどぉ」
思わぬところから声が上がる。後ろの方にいた女子だった。直後、「確かに」「岸田やったら良いじゃん」「ついてくぞー」とヤジが湧く。
「岸田がクラス委員だったら、絶対楽しいって」
「へぇ」
岸田君が、にこやかに声を発した。隣にいた男子、麻上君が「はぁ」とため息をつくのが見えた。
「オレのこといろいろ言っちゃってくれてるけどさ、自分何委員になるか決めてんの?」
「え、いや」
「オレさ、なりたい委員あるんだけど、オレに自由ないわけ? 他にいるなりたいヤツとガチンコバトルできないわけ? ちなみに麻上、お前何委員になりたい」
「突然ぼくに振らないでよ・・・・・・。ちなみに、ぼくは図書委員」
「お前、どんだけ本が好きなんだ」
「ぼくは本のある空間の静かさが好きなんだって」
岸田君の軽くも厳しい言葉が、突き刺さってく。やっぱり岸田君は、私とは違う。
「じゃあ、岸田君がなりたい委員会は何ですか?」
私は岸田君の目を見て尋ねた。岸田君も、私の目を見返す。
「副クラス委員長!」
クラスは大ブーイングだった。「話聞いてないのはお前だろ」「そんな委員会存在しない!」と、男子たちが爆笑する。
それからは散々の委員会決めだった。順番も尋ね方もみんなばらばら。「あたし体育委員ー」「俺もー」と言いたい事を言い、てんやわんやと話が進む。でも、不思議と人数は集中もせず綺麗に決まった。今日来ていない生徒の分も、岸田君もきちんと委員会に所属される。
残るは私一人だった。
「・・・・・・今日は、散々な私の司会に着いて来てくれてありがとうございました。いろいろありましたが、何とか決まってよかったです。でも、最後まで一つだけ残った席がありましたね」
黒板に書かれているのは、ただ一つ。『クラス委員長』の文字。
「私、人前に立つ事が苦手で、今日もすごく緊張してました。途中でバラけてしまって、すごく心配もしました。でも、みんなのおかげで上手く行ったと思います」
みんなは黙って私を見ている。
「今回、議長に選ばれたとき、どうにでもなれって思ってました。失敗したって、まぁ、私を選んだのは先生だし、最後は先生に丸投げしちゃえばいいって思ってました。でも、その気持ちが『逃げ』なんですよね。私、今まで失敗してたのは、緊張とか以前の話だって気付かされたんです」
あのとき、岸田君が私を認めてくれたから。
「だから、今日は頑張ろうと思った。上手く行かないところもあったけど、今までで一番の達成感です」
私は息を吐き、そして吸い込む。私は新しい私に出会うために。
「私、クラス委員長になりたいです。させられるのでもなく、逃げるのでもなく、心からそう思いました。今日みたいに上手く行かないこともあると思うけど、私も、岸田君みたいに、みんなに頼られる、頼ってもらえる人になりたい」
涙が出そうになるのを堪える。私は君みたいになりたい。言いたいことを言える君。したいことをできる君。みんなに頼られる君。私を認めてくれる君。私は君みたいな人になりたいんだ。
「オレなんかに憧れたって、良いことないけどさ」
頭を掻きながら岸田君が笑う。
「メガネダさんが頑張るなら、やっぱりオレ、副クラス委員長兼任しちゃおうかな」
岸田君につられ、みんなも笑い出す。私も笑った。心から。
それからすぐ、みんなから『一年間よろしく! メガネダクラス委員長ー!』と言われたときには、堪えたはずの涙が頬をなぞった。
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朝早く学校に来ることは、私の日課だった。早起きに強いこともあるし、宿題などをするのに効率が良いのだ。
登校したら、事務員に挨拶をし、教室の換気をする。それから予習をしながら30分程経つのを待つ。
「おはよー今日もお早いメガネダクラス委員長」
岸田君の声に、私は振り返った。
「おはよう、岸田副クラス委員長」
言って、二人で笑い合う。そして、当たり障りない話をして、次の会議の議題について話をして、宿題や復習の話をすることが、始業式翌日以来の日課だ。
あれ以来、岸田君に対して私の心になにかが灯った気がした。でも、私はあえてその気持ちにリボンをかけておくことにする。このままの関係がすごく心地良いから、しばらくはこのままで。
この気持ちにあえて名前をつけるなら・・・・・・そうだ。
互いを高め合い尊敬しあう。一緒に楽器を奏であう、協奏曲-コンチェルト-が正しいのかもしれないな。
End.
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