5000hits記念


点る火は何処へゆく

燈る灯はあの子のもとへ


揺れ動く炎は強い意志の表れ


眼鏡(がんきょう)弐




「暇だねぇ」

「暇なら蔵の掃除でもしたら?」

「そういう暇じゃないんだよ、わかんないかねえ」


ふよふよ辺りを漂いながら暇潰し探しをしている様子のお菊。我が家で彼女の身体が浮いてることは誰もが承知のこと。というより、我が家は代々見えやすい体質なのだとか。詳しい家系図や、出来事などが残っている訳ではないのでハッキリしたことは解らないが、おばあちゃんを含め、家族みんな見える体質なのは確かだった。
クルクルと縦に回るのが面白いのかあたしの周りを何周かするとクルクルと縦に回る。まるで鉄棒で遊ぶ子供みたいだった。
ふとカタカタとお菊の口が動く。


「ま、お子ちゃまに大人の暇が解る訳もないか」

「……はいはい」


お子ちゃまも何も、お菊は代々我が家系と随分親しいらしく、もうここ何百年はこの家屋の古い蔵に住んでいるそうだ。あたしからすればお菊はおばあちゃんよりおばあちゃんなのだから、彼女の生きてる年月からしたらあたしの人生など一瞬のようなものなのだろう。


「…あ。あー…」

「今時面倒臭いのが居るもんだねぇ」


目の前を青年が横切る。ふよふよと漂う姿から、自分がこの世の存在で無くなったのを自覚していないのだろう。厄介ごとには間違いない。何で見てしまったのだろうか。いや、今からでも見ない振りは出来る筈だが…だけど。


「暇なんだから仕方無い…か」

「面倒臭いこと考えるねぇ、あんたも」

「お互い様だと思うよ」


結局は動き出す事になる。お菊も何だかんだ言って協力してくれるのだがら優しいのだろう。いや、暇なだけか。
兎にも角にも、青年の追跡から今日一日が始まる事になった。






「灯、闇雲に探したって浮遊してる奴は溢れ返る程居るんだよ」

カタカタ

「わかってるけど…こっちな筈」


よく解らない、根拠のない勘がこちらだと呼ぶ。招き入れる様な感覚に少々不安を抱くが、何の手掛かりがない今はこうした勘に頼るしかない。

家を飛び出したは良いものの、青年の姿はなく何処に行ったのか見当もつかないこの状況にお菊は若干苛つき始めた。本体は置いてきているが何となく表情が読み取れる。眉間に皺を寄せ、目で退屈を訴える時の表情。


「もう少しだよ、きっと」

「そのきっとってのが気に入らないねえ!」

カタカタッ

「苛々しない」


お菊がそっぽを向く。何だかんだ言ってお菊は優しく、何時だって助けてくれる。ただ気まぐれだから調子を見つつ行動をしないとこちらが痛い目を見る事になるだろうと予測している。そんな日がこない事が一番なのだが。
ふと曲がり角を右に曲がると赤のチェック柄の背中を捉える。見間違いじゃない、あの青年だった。


「すみません」

「…あんた、俺が見えるのか?」

「一応、ね」


見たくて見てる訳ではないのだが。
事情を訊けば生前の記憶がまるで無いのだと言う。これはと、思わずお菊と顔を合わせる。一番厄介な相手に遭遇し、面倒な事に自ら踏み込んだらしい。お節介などしようと思った良心が憎たらしく思えた。
除霊の力があれば楽に事が済んだのだろうが、生憎ウチの家系は見える力だけで、この人には何も出来ない。やれることはこうして話を聞くことだけ。


「俺はこれからどうすれば…」


見掛けによらず女々しい声を出す青年に思わず眉間の皺が深まる。面倒臭い事柄プラス、この性格。この世から除外された存在なのだと説明したのだから成仏すればいいのに、それを実行しない辺り余計に面倒臭い。大抵の浮遊霊はこの時点で成仏してくれるのだが、今回はそういかないらしい。思わずため息が出る。


「やっぱあたしゃ降りるよ」

カタカタ

「……言うと思った」

「当たり前だろうっ?こんな浮遊霊の中の浮遊霊なんて付き合うなんて御免だよッ!」

カタカタカタカタッ

「あと少しだけ…ねぇ、ダメ?」

「いい加減にしなッ灯!」

カタカタッ


お菊の声が辺りに響く。流石にお菊でももう限界らしく踵を返そうとしていた。お菊に怒鳴られるとこなんかいつもだ。だけど今日のはいつもと違う。仕方無いので黙って行かせるつもりだった。


「あかり…?お前、結城(ゆうき)灯か!?」



突然の衝撃。少し遠くに居た筈の男性が肩を掴み、間近で凝視される。思わず目を見開いて青年の顔をしっかりと見た。すると懐かしい記憶が青年の手を通じて流れ込んでくる。その感覚にキツく瞼を閉じてしまった。
いけない、飲み込まれる。わかってはいても、もう遅かった。


「結城……、オレだ。なあ…!」

「静かにしな。今お前の記憶を辿ってる。その内導き始めるさ」

カタカタ


生温かい感覚はいつになっても慣れない。経験自体少ないのだから当然だろうが若干の吐き気を催すのは頂けない。
怠惰感とともにゆっくりと瞼を押し上げる。


「…佐々木、くんね。思い出したよ。ついでに君の死亡時も…ね」

「結城…!あ、そうだ。オレ…、オレ!お前に言わなきゃなんねぇことがっ」

「全部見てきた。大丈夫、安心して。忘れるくらいの些細な事だったから。もう…関係ない」


悲しみと罪悪感が感じらるる彼の視線がとてもうざったらしい。今更謝罪されても困る。
短い息を漏らせばだいぶ気分が良くなった。お菊の視線に少し口角を上げて応える。
再び青年を見れば唇を噛み締め、なんとも情けない表情を浮かべているので答えてやる。


「さあ…、お逝きなさい。何もかも背負って、お逝きなさい。あなたの…強い決心が鈍らない内に。悲しみも全て泡の様に消えゆくでしょう」


青年の四肢が光出す。複雑な笑みを零しながら青年は成仏へ歩みを進めた。これで、気持ちも背負ったまま逝けるのだろう。少し晴れた顔をしていた。
完全に消える瞬間、彼はありがとうとだけ残した。辛い一言に奥歯を少しだけ噛み締める。


「終わったね」

カタカタ

「…うん」

「最期まであんたのこと気掛かりだったんだね。見掛けによらず繊細じゃないか」

カタカタカタカタ

「そう…ね」


佐々木くんはかつてあたしの能力を怖がり、自分のテリトリーから排除しようと暴力を振るって来た子だった。ただ、そんなこと日常茶飯だったあの頃のあたしの記憶には残らず、拳を振り上げた彼の方が覚えていただけ。最期まで謝罪の気持ちを忘れずに居てくれてた事だけで少し嬉しかったなんて。
思いがけないきっかけであの頃を思い出したお陰で涙が零れた。お菊がコツンと頭を触る。水を拭い上げて帰路についた。



(…お疲れさん)
fin.
†††††††††††††
阿沙紀さんのサイトの5000hitsフリー小説いただいてきました!
今回はちょっぴり切ないお話で思わずうるっとしてしまいました;;不覚・・・!にしてもお菊ちゃんと灯ちゃんのコンビは可愛いですね!おばけは見えたくないけどお菊ちゃんならカモーン☆

素敵な小説ありがとうございました!!改めて5000hitsおめでとうございました!




[ 9/30 ]





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