いつかサクラの咲く頃に


アリスの一日は、双子の掛け声から始まります。

「ねぇアリス! 僕らはカクレンボをして遊ぼうよ」
「ねぇアリス! 僕らはトオセンボをして遊ぼうよ」
「この前遊んだばかりじゃない。今日はこの前の鬼ごっこの続きをしない?」
「僕らは鬼ごっこを知らないんだよ」
「僕らは鬼ごっこを聞かないんだよ」
「何度も教えたでしょー! もー、すぐに忘れちゃうんだからっ!」

アリスがいつも通り双子に鬼ごっこの説明をしていると、庭の影からそろそろと芋虫がやって来ました。

「芋虫! やっと、うちまで来たわね! 今日こそ鬼ごっこをするわよ!」
「おはよう、アリスちゃん......。鬼ごっこって......?」
「ちょっと、芋虫まで忘れないで!」
「アリスー、帽子屋が昼食べにおいでってさ。お、芋虫も双子も久しぶり」

わいわいとアリスが説明をしていた折り、現れたのは家の持ち主の三月ウサギでした。

「どうしましょう、やっと今説明が終わって遊べるところだったのだけれど......」

アリスは困った顔をすると、三月ウサギがポンと手を叩きました。

「なら、みんなで帽子屋邸の庭で遊びなよ。きっと楽しいよ」
「僕らは帽子屋邸に行ったことがないんだよ」
「僕らは帽子屋邸に入ったことがないんだよ」
「あら、前にお茶会したじゃないの。まあいいわ、決まればみんなで出発ね!」

アリスの声に、みんなで笑顔で頷きました。

************

「今日は双子を呼んだのか。珍しいね」
帽子屋の言葉に、三月ウサギは紅茶を注ぎながら嬉しそうに笑った。
「あんまり双子に接する機会がなかったけど、こうしてみると案外可愛いところあるよねぇ」
帽子屋は少し間をおいて、静かに「そうだね」と呟きました。
「そろそろ眠りネズミも帰ってくるよ。茶会の準備をよろしく」
「ほいほーい」
「帽子屋ぁああああ!!!!」
突然けたたましい少年の声が響きました。三月ウサギは、玄関の扉を開けながらため息混じりに呟きます。
「何だよ眠りネズミ、いつもうるさいけど今日は特に大声あげて......お?」

そこにいたのは、チェシャ猫と白兎でした。

「よ、マシンガントーカーで遊んでいたら、茶会だっていうからついてきた」
「ようこそチェシャ猫久々だね歓迎するよそれに白兎もようこそ二人で来るなんて珍しいじゃないか何はともあれまずは席に」
「三月ーーー!!!! 久々に茶会に来てやったぞーーー!!!」
「眠りネズミのバカぁー! 何で連れてきたあああ!」

三月ウサギは言いながら庭へ出ると走り回ります。それを見た双子は「鬼ごっこはもう始まってるんだよ!」「最初の鬼は白兎に決まりなんだよ!」と逃げはじめました。
けれど、とうの白兎は三月ウサギしか見ておりませんので、鬼ごっことは名ばかりの追いかけっこでした。

「くそー、今日はのんびり茶を飲めると思ったのによ」

眠りネズミはテーブルクロスをかけながらぼそりと言った言葉を、「あれは自分で三月ウサギの場所を言ったお前が悪い」「それは私の台詞です」とチェシャ猫と帽子屋は一刀両断で返しました。

「貴方が現れるのも意外でした」
「たまにはこんなところでのんびり茶を飲むのも悪くないだろ?」

チェシャ猫はそう言って、眠りネズミの目を盗んで茶菓子の1つをかじりました。

「あら、これって......」

双子や芋虫に白兎から逃げ回っていたアリスは、上空から降ってきた白いものに気付き、顔をあげました。
その場所は茶会のテーブルから離れていましたので、アリスはかけっこから離脱しテーブルへ駆け寄ります。

「帽子屋さん、これをみて! これはサクラの花びらよね?」

それを聞いた帽子屋は、ほうと目を細めました。

「珍しいですね、貴女の世界にもあったのですか?」
「東の国にあると写真で見たことがあったの。本物を見るのは初めてよ」
「私も庭にあるとは思いませんでした。またいい時期に咲きましたね」
「木は......染料になる......よ」
「ねえ、せっかくだからお茶会はあちらでしましょうよ! サクラを見ながらする紅茶も乙だと思わない?」
「それはここまで準備をしたオレへのあてつけか?」
「いいさ、俺もたまには手伝ってやるよ」
「僕らは白兎を捕まえるんだよ!」
「僕らは白兎から逃げるんだよ!」
「 三月うううー!!!」
「わたしもお茶飲みたいー!」

彼らは今日も慌ただしくのんびりとお茶会を楽しみます。
そんな彼らを見守る影は、お城にある時計台の脇でワインをたしなむグラマラスな女性でした。

「貴女はあちらに行かないのね」
「ここからのサクラの眺めが最高さね」

グラマラスな女性、蝶子の背後にはいつの間にか女王であるロゼの姿がありました。

「奇遇ね、あたくしもここから見下ろす城下の景色が好きなの」

ロゼは、そう言いながら蝶子の隣に腰掛けました。お付きの兵士が珈琲やお茶請けの準備をし、ロゼはその珈琲カップに口をつけます。

「あんなところでどんちゃん騒ぎなんて、実に貧相ではしたない遊びだこと。ところで蝶子」
「なにさね?」
「あんた、前からいろいろな世界に飛び散った『あたくしの宝物』を集めてくれていたけれど最近ご無沙汰じゃない。少し前は帽子屋の家にも出入りしたらしいけれど、何も収穫はないのかしら?」

蝶子はしばらくなにも答えず、ワインのグラスを見つめていました。
すると、どこからか舞ってきたサクラの花びらが二片、ワインのグラスと珈琲カップに入り込みました。蝶子がそれをくすりと笑いながらワインを一気に飲み干す隣で、ロゼは顔をしかめて花びらの入った珈琲カップを下げさせ新しいカップを用意させます。

「......あそこには、ネズミの坊やのお茶請けが美味しくて寄っただけさね。今度土産にあんさんに持ち帰ろうかね。彼のクッキーは最高さね」
「いらないわよ、どんな材料で作られたものか分かったものじゃないわ」

ロゼが見つめる視線の先を、蝶子もそっと追いました。
彼女が全てをかけて作り上げたフシギノクニ。
ロゼの視線はその全てを見ていながら、美しいサクラにもそこを歩くヒトにも向けられてはいません。

「改めて、あんさんのこれから作り上げるセカイへ乾杯」

蝶子が空になったワイングラスと珈琲カップを合わせると、あまりにも乾いた音が小さく響きました。


end.


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