March Hare
ハロウィンが落ち着いて、こちらなりの新年を迎えしばらくが経った。
少し肌寒さが残る今日、故郷より遥か東の国では女の子の誕生を祭る祭典があるとかないとか。
あたしの今いる世界ではそういった大きな行事はなく、むしろいつも非日常だから、今日も普通に非日常の日常を送る。
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部屋の片付けを終えたあたしは、家を出て木の実を探す眠りネズミを見つけた。文句を言う眠りネズミを尻目に、一緒に帽子屋邸に向かうことにした。
たどり着いてすぐ、帽子屋さんにお茶会の準備を頼まれる。眠りネズミは庭のテーブルを片付け、あたしは屋敷内でお茶の準備を始める。いつもどおりのようで、何か足りない気がするのは気のせいかしら。
「帽子屋っ!! 大変なんだっ!!!」
何も言わずに本をめくる帽子屋さんとの沈黙に耐え切れないと思ったその時、屋敷に駆け込んで来たのは眠りネズミだった。
でもあれ、なんかデジャヴュ?
「やっと片付けが終わりましたか」
「帽子屋さんとの会話をどうするか結構気を揉んじゃうんだから、早く終わらせて入ってらっしゃい」
「イヤイヤイヤ、今片付け始めたばっかだしそれはお前の責任だろってそうじゃなくて!」
「なんだよー、眠りネズミ。頭痛いんだから静かにしてよー」
そこに現れた人物に、あたしは思わず跳びはねた。
「三月!?」
なんで彼女が家に来なかったことに疑問を持たなかったのかしら。いつも当たり前のように迎えに来てくれるのに。
眠りネズミは、この世の終わりのような顔をして帽子屋さんを見た。帽子屋さんは、その視線の意図に気付いて小さくため息をつく。
「ああ、また『この』時期がやってきましたか」
帽子屋さんの言う意味がわからず、あたしはいつもどおり三月ウサギに話し掛ける。
しかし。
「あ〜り〜す〜〜!!」
「は・・・・・・?」
三月ウサギがあたしに突然抱きつき、あたしはなにも言えずに座り込んだ。眠りネズミが今にも泣きそうな顔で、叫ぶ。
「だから大変だって言っただろ! 三月がおかしくなる日が来ちまった!!」
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慌てる眠りネズミをなだめて、席につく。
「・・・・・・つまり、三月は毎年3月3日に『こう』なっちゃうのね」
話題にのぼる三月ウサギは、ニコニコしながらあたしに後ろから抱き着き、眠りネズミの髪をワシャワシャし、帽子屋から帽子を取り上げて被る。
「マーチヘアですよ。ウサギは三月に狂うんです。この世界では彼女だけなんでふが・・・・・・」
言いながら、帽子屋さんは三月ウサギにほっぺをいじられる。わぁ、貴重映像!
「貴族兎は年中狂ってるようなモンだろ・・・・・・とりあえず今日1日、三月はこんなだから」
眠りネズミはため息をつきながら言った。そして三月ウサギに耳を引っ張られる。
「なんだか、狂うっていうより『酔ってる』イメージね。ニコニコしてるところが憎めなくてかわいいじゃなひ」
三月ウサギはあたしの言葉に反応してか、「にゃ〜ん」と頬を擦り寄せた。う・・・・・・実家にいる猫のダイナだってこんな懐き方しないわよ・・・・・・。
「とにかく、あと12時間耐えろ。それで全ては解決するんだ!!」
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「ちょっと、三月! 外に出たら危ないわよ!」
「にゃははは〜」
「・・・・・・」
「ああっ、帽子屋さんの部屋に! 布が散乱してっ」
「てめー、クッキーの粉食うなー!! 腹壊すぞっ」
「うまうまっ」
「庭の花をむしらないの! ああ、ジャスミンの花が無残な姿にっ」
「・・・・・・・・・・・・」
「わかったから駄々をこねないで、もう三月ー!」
「三月」
静かな声が、部屋を満たした。三月ウサギは、じたばたとしていた腕を止め、声の主に顔を向ける。
「おいで」
帽子屋さんが・・・・・・あの帽子屋さんが、本を置き、カップも持たず、三月ウサギのためにその両手を広げている。
「・・・・・・きゅーんっ」
三月ウサギはあたしたちの手を振りほどいてそちらに駆け出した。
あっという間だった。
帽子屋さんは素早く茶会用のクロスを引き、その身を翻すと、闘牛のようにクロスに突っ込んでくる三月ウサギから身をかわす。
三月ウサギはそのままクロスの後ろに隠れていた三月ウサギの部屋にダイブし、扉が帽子屋さんに鮮やかに閉じられた。もちろん、鍵は帽子屋さんの手の中だ。
「・・・・・・」
あたしも眠りネズミも空いた口がふさがらなかった。
「さて、これで静かになりました」
冷たく帽子屋さんは読書を開始する。
「やだよ〜寂しいよ〜開けてよ〜」
部屋の中から扉をノックする音が響く。確かに静かにはなったけど、三月ウサギがだんだんと不憫に思えてきた。
「あの状態の三月を野に放しても良いことはありません。隔離しておくしかないんです」
紅茶をすすり、帽子屋さんは言った。
ノックは次第に止み、今度はカリカリと扉を引っかく音に変わる。
「開けてよ〜ケチぃ〜」
「別にヒトを襲うわけじゃないでしょう?」
現状を打破したくて、私は帽子屋さんに尋ねた。もちろん、三月ウサギを解放して、の意味を込めて。
「今のままでは白兎にも抱きつきかねません。あと数時間の辛抱なんですから」
我慢しろ、と言外に諭され、あたしは紅茶を注ぐことに専念した。
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ
扉をいじる音に、頭がパンクしそうになる。時々「だ〜して〜」なんて聞こえてくるから嫌になる。
がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり
次第に、引っかく音が大きくなるものだから、あたしは気が気じゃない。なんとかならないのかしら・・・・・・。
「あっ」
思い出したことがあって、あたしは庭に駆け出した。先程三月ウサギが荒らした花を手に取り、香りを嗅ぐ。その足で帽子屋邸に帰り、あたしはすぐさまその花を煎じた。
「・・・・・・珍しい香りですね。アロマですか?」
「落ち着く効果のあるお花よ。ジャスミンっていうの。前に芋虫に聞いたやり方で、簡単なジャスミンティーにしてみるわ」
人数分のカップに注いで、あたしは三月ウサギの部屋に入る。いじいじと涙目になっている三月ウサギに、ジャスミンティーを渡してみた。
「ジャスミンティーは眠り誘う薬なの。少しでも落ち着く効果があると良いんだけれど」
三月ウサギは興味津々の顔でカップに一口つける。すると、ふっと落ち着いたようにあたしに倒れ込んできた。びっくりしたけれど、くーくーと眠っているだけみたい。なんだか安心した顔が微笑ましいわ。
でも、あたし一人で彼女をベッドまで運ぶのは一苦労だ。あたしはそのまま眠りネズミを呼んだが、返事がなかった。仕方ないので帽子屋さんも呼んでみるが、これまた返事がない。
なんとか三月ウサギをベッドに運び、あたしは息絶え絶えにリビングに戻った。
そこにはジャスミンティーを飲んで机に突っ伏している眠りネズミと、同じく飲んだらしい帽子屋さんが椅子にもたれ掛かってスースーと息をたてている姿が。
思わず、あたしは吹き出した。『ジャスミンティーは眠り誘う薬』って本当だったのね。
あたしは3人のために毛布を取りに行くことにした。
いつも騒がしい帽子屋邸が、静かになるのも良いじゃない?
End
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