気まぐれしっぽの猫と少女
アリスの朝食は、帽子屋邸にて昼食と兼用することが常だった。
三月ウサギの家に食べられそうなものはまるでなく、眠りネズミの作ったクッキーの残りや、どこかで拾ったらしい木の実、葉っぱが様々な棚からでてきたくらいだ。
小腹が空くとクッキーを食べ、ほとんどは帽子屋邸でお茶会という名の昼食会をする。そのまま夜までいることがほとんどなので、夜ご飯を食べて三月ウサギの家に帰る、というのが、最近のアリスの生活だった。
こんなことがあった。
アリスが早く起きすぎて、時間を持て余していた日のこと。普段はいつもの出発時間までのんびりと日記でも書くが、久々に朝早くの森を見てみようと思い、アリスは出掛けることにした。
帽子屋邸に向かって、いつも使う道の上に立つ。ふと、アリスは珍しく横道に逸れてみた。
「確か、こっちに白兎の所有するニンジン畑があるんだっけ」
三月ウサギが絶対に近寄らない道を、アリスは敢えて通ってみる。がさがさと草木を掻き分け、広大な畑の前に出た。途端に、何かにつまずき、アリスは「にゃっ!」とその上に覆いかぶさる。
「!?」
「いたた・・・・・・むにゅってしてる・・・・・・なに?」
ソレはヒトだった。紅い髪をフードで隠した少年だった。アリスは少年に覆いかぶさったままであることに気付き、直ぐさま跳び起きた。
「何、お前、ここ?」
アリス以上に混乱しているのは少年である。アリスは少年の呟きを「何故アリスはここにいるんですか?」という質問と捉えた。
「早起きをしたから普段と違う道を通ってみたの。三月がいるとなかなか通れない道だし」
呆けたままの少年に、アリスはにっこりと微笑んだ。
「えっと、おはよう、この間ぶりね。まだ聞いていなかったのだけれど、あなたの名前は何というの?」
アリスは初対面の時の少年の失礼さを一先ず置いておき、丁寧に挨拶をする。
「チ・・・・・・シャ、チ猫」
アリスは彼の名前を『シャチ猫』とインプットした。
「さっきは転んで乗っかっちゃってごめんなさい。重くなかった? 大丈夫?」
『シャチ猫』はフンフンと首だけを縦に動かす。
「あれからお茶会で会ったりしたのに、なかなかお話できなかったわね。こうして面と向かったのは、初対面以来かしら」
それを聞いて、『シャチ猫』は少しばかり落ち着いてきたようだった。
「・・・・・・あれから『貴族兎』には会えたのか?」
「あら、あのお茶会まで全然会えなかったわ。初対面の時言っていた『家』は三月の家だったし。よくも騙してくれたわね」
「俺は嘘は言わない。『この道をずっと行くと、そこに家がある。もしかしたら、いる、かもな』。『貴族兎』が三月ウサギの家にいるかもしれないと言っただけで、それがあいつの家とは言ってない」
「勘違いさせるような言い方して! あなた結構いじわるな性格でしょう」
「それが生き甲斐だったりするもんで」
『シャチ猫』は尻尾をフルフルと震わせると、フードを目深に被り直した。
「じゃあな、異世界の娘さん。今度は俺の睡眠を邪魔しないでくれよ」
「ちょっとっ」
「俺はまだ眠いんだ。興が冷めたし、今から別のとこで寝直させてもらうわ」
そう言って、『シャチ猫』はアリスに背を向けた。空間移動を行おうと、神経を集中させる。宙にジャンプするためにポケットに手を入れ、目をつむった。
「ったく、誰もいないとこでのんびりしたかったのに、余計な邪魔が入った」
「悪かったわね、お邪魔虫で」
「別に。予想外なことに反応出来なかっただけだし」
「ところで何をしているの?」
「何って、空間移動してここからおさらば・・・・・・」
そこまで言って、『シャチ猫』は自分が能力を発揮できていないことに気付く。
「アレ?」
いつもできていたはずの空間移動の能力。白兎と似ているものの、思った時に思ったところへ確実に移動出来るのが、この能力の特権だったはずだ。
「しっぽ、かわいい」
『シャチ猫』が振り向くと、アリスは左右に揺れる彼の尻尾をきゅっと掴んでいた。
「うわっ!」
『シャチ猫』は再び混乱して、アリスから尻尾を引ったくる。
「何やってんだ!」
「あなたが何やっているのよ。いきなりしっぽフリフリするから思わず掴んじゃったのよ」
『シャチ猫』は今度はアリスを警戒したように睨みながら能力を使う。すると、アリスの目の前からフッと消え、頭上にある木の枝に現れた。
「尻尾さわんな! うあー、気持ち悪い」
「あなたすごいわねー。しっぽを振ったら移動出来るの?」
「尻尾は無意識だっつーの! もう知らん! お前といると調子狂う!」
『シャチ猫』はアリスに思い切り背を向けると、尻尾を振りながら木の枝から飛び降り、アリスの前から完全に姿を消した。
「あーあ、いなくなっちゃった」
笑顔を隠し切れないままにアリスは独り言をする。紅髪の少年との意味の無い会話が妙に楽しかったのは、きっと気のせいではないだろう。
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〜後日談〜
「ねぇ三月。あの『シャチ猫』ってどんなヒトなの?」
「シャチネコ? なんじゃらほい?」
「ほら、フード被って紅い髪で・・・・・・」
「なにー? Foodにアカミミガメ? 亀に餌あげるの?」
「ちっがーう! 黒い服着ててしっぽをフリフリするヒトよっ」
「三月、もしかしてアリスは『チェシャ猫』のことを言っているのではないかな」
「なによ、帽子屋さん。私がヒトの名前を間違えるわけないじゃない」
「フード、紅い髪、黒い服・・・・・・しっぽ」
「なに真剣な顔してるのよ三月」
「・・・・・・でっひゃあははは!」
「ちょっと、三月!?」
「うはいひひひあははははっ!」
「どうやら三月の笑いのツボに入ったようですね」
「だって、『シャチ猫』だってっ、シャ・・・・・・! くひゅひゅふふ」
「にしても、いつにも増して可笑しな笑い方ね」
「あーっ、笑った笑った。アリス、何を間違ったか知らないけど、あいつは『チェシャ猫』だよ。今度会ったら間違えてやるなよーおひふゅふゅ」
「チェシャ猫・・・・・・? 一度も『シャチ猫』って呼ばなくてよかったわ。にしても、どうして彼は名前を間違えたのかしら?」
「あいつなりに考えがあるのか・・・・・・いや、ただ単にテンパったに1票!」
「左に同じで」
「帽子屋さんまで・・・・・・まあ、いいわ。今度は間違えないから。今日のこと、日記に追記しなくちゃね」
「何か言ったー?」
「いいえなんでもっ」
End
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