夏休みもそろそろ終わりに近付いてきて憂鬱になり始めて数日。そんな夏休みも残すところあと一週間と少しとなったところで、私の耳に飛び込んできたのは姉の何気ない一言だった。
「―――そういえばさ、帰って来てるみたいよ」
的を射ないその言葉にクエスチョンマークを浮かべていると、姉は冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぎながら淡々と答えた。
「隆文」
予想外の言葉に思わず口に入れかけたアイスを口から離してしまった。そんな私を見て姉は、「アイス、垂れるよ?」と言いにやにやしながらコップに注いだ麦茶を口に含む。
「ふ、ふーん…そうなんだ」
一瞬でも動揺してしまったこととそれを姉に指摘(しかもにやにやしながら)されたことに若干怒りを覚えたが、ここで反撃したらそれこそ姉の思うツボである。私は寝そべっていたソファーから起き上がり、なるべく平静を装いながら言葉を返し、残りのアイスを全て頬張った。
「……」
「…何」
「ううん?別にー。ただ…嬉しいんだなって」
「……は?」
「顔に書いてあるよ」
「んぐっ!?」
そう言われて慌てて自分の顔をぺたぺたと触るが特にこれといってどうということはない。ならば実際に顔に何か文字でも書いてあるのかと思い鏡を見に行こうとしたところで、姉の「本当に書いてあるわけないでしょ。例えよ、例え」という言葉を聞き、急に恥ずかしくなりそのままソファーに再び座り直す。…おかげで頬張ったアイスを一気に飲み込んでしまったじゃないか。
「…べ、別に嬉しくなんかないしっ!何であんな馬鹿に―――」
言いかけたところでそれを遮るかのようにインターホンの音がリビングに響き渡る。
「あ、誰か来たみたい」
「……」
「はいはーい、っと…あ、どうぞー」
「…ちょっ、どうぞって!?つーか誰が来た…の」
慌ててソファーから立ち上がり、画面越しに話をしていた姉に問いただしていたところでガチャッと扉の開く音が聞こえてくる。それと同時に開かれた扉に視線を向けると、そこには予想外の人物が立っていた。
「お邪魔しまーす」
「隆文、久しぶり〜!」
「ああ、久しぶり」
「……」
「…ほーら、アンタも何か言ったらどうなの?」
「……いっ…!」
開かれた扉の先にいたのはつい先程まで私と姉が話題にしていた人物であり、幼なじみでもある犬飼隆文だった。あまりにも突然の来訪に何を言ったらいいのかわからずその場に立ち尽くしていると、姉が私の頭を思い切り叩いてきた。
「…っ何すんの!?お姉ちゃん!」
「久々に幼なじみと再会したっていうのにアンタがアホ面したまま何も言わないからでしょーが」
「……仕方ないじゃん、吃驚したんだもん」
いきなり叩いてきた姉に文句を言っていると、横から「…ぷっ」という声が聞こえてくる。
「ははは、2人とも相変わらずだな!」
「…そういう隆文も相変わらずじゃんか」
「おう、まぁな。つーか人間そうそう変わるかっつーの」
「…ぷっ、確かに!」
久々の再会の第一声は再会を喜ぶ挨拶でも感動的な愛の言葉でもない、ただの憎まれ口という名の嫌みだった。それがあまりにも自分たちらしくて、みんな同時に笑い出してしまう。みんなで一頻り笑った後、姉は「それじゃあ私は出掛けてくるから。出掛ける時は戸締まりよろしくねー」と言って家を出て行ってしまった。
「ちょっ、お姉…」
「行ってきまーす」
「……」
「どこに行くんだ?」
「…多分…彼氏のとこだと思う」
あの笑顔とテンションは間違いなく自分の恋人の元へ行く時のものだ。私は溜め息を一つ吐き、キッチンへ向かい冷蔵庫を開きながら再び会話を続ける。
「毎回あのテンションでこっちはうんざりしてるんだっつーの」
「まぁ、確かにあのテンションで毎回はキツいな…」
「…でしょ?あ、何か飲む?麦茶、オレンジジュース、コーラがあるけど」
冷蔵庫の中身を確認し隆文に告げると、「じゃあ、コーラで」と返ってきたので「はいよー」と言いながら冷蔵庫からコーラを取り出し、並べられた2人分のコップにそれぞれ注ぐ。
「はい、どうぞ」
「おう、サンキュ」
両手に持っていたコップの一つを隆文に手渡し、隣に腰を下ろす。
「…おい、ちょっと待て」
「ん?」
コーラの注がれたコップに口を付けようとしたところで、何故か隣に座る隆文に制止をかけられる。訳が分からずに彼を見ると、これまた何故か溜め息を吐かれた。…え、ちょっと失礼じゃないか。
「…お前さ、何で隣に座るんだよ!」
「は?だってソファーがこれしかないからに決まってるでしょ。てかそもそもここ私の家だし。隆文に文句言われる筋合いないと思うけど?」
「…まぁ、確かにそうなんだけどよ…」
「……?」
やがて隆文は諦めたらしく、「…ま、お前が気にしないならいいわ」と言いながらコーラを一口飲んだ。よくわからないが本人が納得したならいいかと、私も同じようにコーラを一口口にした。
「コーラといえばな、部活の仲間が炭酸全般駄目でさ…」
「炭酸全般が苦手ってこと?」
「いや、苦手っていうか…体質?」
「何で私に疑問投げ掛けんの」
「ははは、すまん。…で、ソイツさ炭酸全般飲むと寝ちまうんだよ」
「え、そんな人いるの!?」
「ああ、吃驚だよなー。因みにこれマジだからな。この俺が実際に試したからな!」
隆文は楽しそうに部活仲間(名前は宮地君と言うらしい)くんの話や自分が部活でいつも一緒にいるメンバーの話、他にも同じ学科の友達の話…など様々なことを話してくれた。
「…あ、そうそう。星月学園は元男子校なのは知ってるよな?」
「うん」
「学園にさ一人だけ女子がいるんだよ」
「一人って…大丈夫なの!?」
「まぁな。学園のマドンナには騎士が沢山いるからな」
「…そう、なんだ」
隆文がその女の子…夜久さんの話を楽しそうにしていて胸がチクリと痛む。私は今まで彼と一緒にいて、それこそ生まれた時から一緒で…。だけど、高校生になってからは私は地元の共学の進学校、向こうは山奥の田舎にある元男子校…おまけに夜久さんは凄く美人(さっき写真を見せてもらった)で私みたいなただの幼なじみなんかが叶う相手じゃなかった。
「……」
「どうかしたか?」
「…隆文は夜久さんのことが好きなの?」
「ぶはっ」
コーラを飲みながら私に問い掛けたらしく、隆文は口に含んでいたコーラを盛大に吹き出した。
「ちょ、汚いじゃん!」
「お、お前が変なこと言うからだろ!」
「は?隣に座る幼なじみがめちゃくちゃ楽しそうに夜久さんの話してるからでしょ」
「…ちょっと待て。お前、それ誤解」
「はぁ?」
隆文は呼吸を整えながら、「あのな…」と説明を始める。数分後、全てを説明し終えた彼は私が理解したのを確認すると、溜め息を一つ吐いた。
「じゃあさ、隆文は彼女とかいないの?」
「はぁ?んなのいたら今頃ここにいるわけないだろ」
「あ、それもそうか。じゃあいないんだ…ぷぷぷ」
柄にもなくほっとしたことに気付かれたくなくて、平静を装いながら少しからかってみる。だが、隆文はそんなことなど気にしていないらしく、じっとこちらを見つめたまま動かない。
「…隆文?」
「……」
その瞳は私の知っている意地悪そうなものではなく、真剣な瞳だった。その瞳に心臓がどきりと一回跳ねる。
「…お前はさ、どうなんだよ」
「…どう、って?」
「……その、さ…彼氏とかいるのかって話だよ」
「…あ、うん。…いない、よ」
妙な緊張感の漂う空気とあまりにも真剣な隆文の瞳に思わず視線を逸らしてしまう。
「……」
「……」
「…あ、」
気まずい沈黙が続きこれからどうしようかと脳をフル回転させていると、突然隆文が声を漏らした。
「お前…まだこのストラップ付けてたのかよ」
「あ、うん。…そういう隆文だって付けてるじゃん」
テーブルに置かれたお互いの携帯に視線をやると、星の形をしたストラップが両方の携帯に付いていた。
「…まぁ、な。何だかんだで結構気に入ってるのかもな」
「…私もかな。ないと落ち着かない気がする」
この星の形をしたストラップは中学3年生の時に近所の神社のお祭りで買ったものだ。流れ星に見立てて2人で受験のお守り代わりに携帯に付けたのを今でも覚えている。あれから時が経って高校生になった今もこうして携帯に付けたままにしているのは、物凄く単純な理由。
「…このストラップ付けてるとさ、隆文がいつもいる気がするんだよね」
「…あー、俺もそんな気するわ」
「なんか元気出るんだよね。ムカつく幼なじみだけど」
「おい、一言余計だぞ」
「あはは、ごめん」
隆文は彼氏でも何でもないただの幼なじみだけど、私はそんな彼に昔から好意を持っている。勿論、本人はそれを知らない。
「来年はまた受験かー…」
「またこれに願掛けするか?」
「効力あんのかな?」
「さぁな。切れてる可能性の方が高いんじゃね?」
ははは、と笑いながら隆文は携帯を手にしてストラップをぶらぶらと揺らす。その動作を眺めながら私はあることを提案する。
「じゃあさ、お互いのストラップ交換しようよ!持つ人間が変われば効力も回復するかもしれないしさ!」
「ゲームじゃねぇんだからんなことあるわけないだろ…いや、まぁそれも面白そうかもな、うん」
「決まり!じゃあ隆文のストラップ貸して」
「ほらよ」
手渡れたストラップを受け取り、取り外した自分のストラップを隆文の手の平に乗せる。よくよく考えたらこれってまるで…
「…俺達、カップルっぽくね?」
「え?」
「こんな同じストラップ付けてそれを交換とかカップルのすることだろ」
「…あははは」
一瞬自分の考えていることが読まれたのかと思って焦ったが、どうやら隆文も同じことを思っていたらしい。流石幼なじみというか何というか…驚いた。とりあえず落ち着こうと飲みかけのコーラを口に含む。その瞬間、隆文がまたもやストラップ(先程交換したので私のストラップ)を揺らしながら何気なく呟いた。
「…いっそ、俺らマジで付き合うか」
「……っぶ!」
「おい、汚ぇぞ!」
「…だ、だって…」
隆文の本気か冗談かわからない告白(…と言っていいのかすらも危ういが)に、思わず飲みかけのコーラを吹いてしまった。
「…っけほ…そ、それ…本気?」
「……」
涙目になりながらそう問えば、隆文は目を逸らして黙り込んでしまう。やっぱり冗談だったのかと気を落としていると、突然身体が引き寄せられた。
「…た、隆文!?」
「…冗談なわけあるか、バーカ」
「え?」
「…好きじゃなきゃいくら幼なじみでもこんなことしねぇよ、そのくらい気付け」
「……」
予想外の言葉に私の思考は完全にストップしてしまい、抱きしめられたまま固まってしまった。
「…で、お前は?」
答えを求められ、心臓がバクバクと早鐘を打ちこの音が隆文に聞こえてしまうのではないかと少し不安になる。だがこの際聞こえてても聞こえてなくてもどっちでも構わない。
「……バーカ」
私はそう言いながら、その告白の返事の代わりに彼の顔を自分に近付けキスをした。
「…好きじゃなきゃこんなことしないから」
ふたつ星に約束を
■あとがき(あればどうぞ)
甘いのを目指してみましたが…撃沈してしまいましたorz
参加させていただき有難うございました!
◎奏季そら
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