風に揺れる長い髪に触れてみたいと思ったのは、多分こいつが初めてでそしてきっと最後だろう。
部活終わりの帰り道、吹き抜けた木枯らしは冬の匂いを深くたっぷり辺りに振り撒いているようだった。
これまでだって幾度となく近くに立っていたってのに、ふざけて小突いてじゃれあって言葉を交わしてきたってのに。自分の身の丈は十分にわかっていたつもりだってのに、いきなりやってきた確信にくらり眩暈がしそうになった。
「どうしたの?犬飼くん」
「んあー…?」
「珍しくぽけぇっとしちゃってさ」
…何?風邪?
そう言ってこっちを見る瞳に、油断すると思わずぽろり気持ちが落っこちそうになる。俺だって考え事くらいするっつーの、どうにかしてごまかそうと低い位置にある頭をこれでもかと撫で回せば、ぎゃーと上がった小さな悲鳴。もっと可愛い声出せねーのか、だっていきなりやるんだもん。拗ねたように返る言葉が、それだけでもう、擽ったい。
今まで何とも思ってなかった、なんてそんなことを言えば、俺は間違いなく完璧に嘘つき野郎になるわけだが。一度そうだと意識すれば後は驚くほど簡単で、こいつを構成する何もかもにどきりと心臓が高鳴った。
「…ま、体調はいたって良好ですよ。何てったって俺は犬飼サマですからな」
「……何か嘘ついてる気がする」
「何でつくんだよバーカ」
「…むー………」
いつものトーンで言った筈が、こういうときに限ってこいつはなぜか聞き逃しちゃあくれない。少しはこっちの都合くらい察してくれたって良いだろう…いや、察してもらうとそれはそれで、なかなかにマズいわけなんだが。
「きつかったら無理しちゃだめだよ?」
「いやいや、まじで何でもねぇから……うん」
「ほんと?」
「おー、まじまじ」
にかり、笑ったつもりの俺を、でっかい瞳が品定め。…そんな見られたらいくら俺でも、いたたまれなくなんだろが。
どうやら本気で心配しているらしいこいつに、ぐ、と出かかる甘ったるい何かを必死で奥に押し込める。気づいてしまった感情をどうすりゃ良いのかわからないまま、当の本人と向き合うのは俺にはレベルが高すぎる。ひとまず今は自然に普通に、この場から逃げ出すのが吉だ。
そうと決まれば善は急げ、未だに熱っぽい鼓動をむず痒く感じながら、そいじゃあまた明日なって、そう言い逃げしようとした、ちょうど、その時。
「あっ!……はい、これ。お大事にね」
「、っ、?」
差し出された手に条件反射で応えれば、ころんと黄色い真ん丸が掌に転がった。
透明なセロハンに包まれたそれは、よくよく見るといつもこいつがすきだと食べている飴だった。
「……、え?何だよくれんの?」
「うん、犬飼さんにお薬を処方しますね」
辛いときにはいつでもどうぞ、
へにゃり頬を緩ませてどこか得意げに言うこいつは、まったく何を考えてんだか、俺を動揺させるには十分すぎるくらい十分、で。
「……っあぁあぁーーー」
「っ?…え?ど、どうしたの犬飼くん」
「どうしたもこうしたもありませんよちくしょー!」
「えぇ???」
たった一個の飴玉と何度も見てきたその顔は、とうとうトドメの一撃を俺に食らわせたのだった。
それは、恋だよな
(多分きっと、ずっと前から)
さんきゅーな。
そう搾り出すのが精一杯で、おまけに何とあろうことか、柄にもなく、抱きしめたい…なんて。
思ってしまった俺はこれから、どうすりゃ良いんだよ…教えろください!
■あとがき
なんだかヘタレな犬飼くんになってしまいましたが、恋を自覚するお話を書かせていただきました!
無意識に爆弾投下する彼女に調子を狂わされる犬飼くんも大変おいしいと思います、まるっ
期限延長すみませんでした;;;
素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました!
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