15
 ブチャラティのいない孤独な時間、ユウリは創作料理に没頭した。
 街で見つけた、よくわからない食材を使い、勘とノリで調理する。二日に一度くらいの割合で、それをやった。イタリアの実り豊かな食材がそうさせるのか、それともユウリの調理法が保守的なのか、お世辞にも料理上手とはいえないユウリでも、失敗作らしい失敗作は生まれず、毎日、彩り鮮やかな食卓に舌鼓を打っていた。
 困ったことといえば、何となく買ったホールチーズがまるで蝋のような味で、口に合わず、その大量のチーズを持て余していることと、つい作りすぎてしまったシーフードカレーを食べ続けて早三日、そろそろカレーにも飽きてしまっていることくらいである。

 まだ、鍋の半分ほど残っているカレーを睨みつけながら、ユウリは、ふむ、と両腰に手をあてた。

「どうしてカレーって作り過ぎちゃうのかしら…」

 思えば、日本にいたころからそうだった。兄とユウリの二人暮らしだというのに、ユウリはよく、それにそぐわない量のカレーを作ってしまい、そのたびに兄に苦笑されたものである。

(懐かしいなぁ…)

 そんなふうに感傷に浸るユウリだが、その表情はどこかそわそわと落ち着きがなく、挙動不審だ。

(…ブチャラティ、まだかしら…)

 それもそのはず。今日は約二週間ぶりに、ブチャラティに仕事を頼んだのだ。
 電話口の彼は、いつもより素っ気なかったが、ちゃんと三コール以内に電話に出てくれた。
 ユウリは、つい動揺して、いるものからいらないものまで、あらゆるものを頼んでしまった。ワガママと思うかもしれないが、許してほしい。
 一週間分の食料を、一度に買い込むのはなかなか大変だったし、なにより外に出たときに感じる“視線”がイヤだった。
 それは、外を出歩いているユウリに常に付き纏っているもので、一般人のユウリでも、監視されているとはっきり気づけるほど確かなものだった。
 もちろんそれは以前からも感じていたが、ブチャラティの存在がそれを緩和させてくれていた。

 今まで、どこか緊張感のない人質生活だったが、ブチャラティと会わなくなってみて、改めて自分の立場を認識する。

(組織が欲しがっているのは、私ではなく兄さんの遺作。それの行方さえ割れれば、私は用済み…)

 不要な人間を、みすみす生かしておくほど、この組織は生易しくないだろう。組織に捕まってからの、はじめの数日間、ポルポをはじめとした構成員たちと面会したが、彼らの会話の端々から、パッショーネという組織の残虐さが窺えた。

 しかし、ユウリの兄の遺作は、ただの絵、ではない。そのことに、ポルポはまだ気づいていない。


(どうしたら、いいの…。助けて、…助けて、ブチャラティ)

 弱いだけの女ではダメだ。守られているばかりではダメだと、頭ではわかっているのに、縋らずにはいられない。

 愛しいブチャラティの笑顔を思い浮かべる。心がじわりとあたたかくなっていく。
 と、急に玄関のドアにノック音が響いた。咳払いの合図もあった。ブチャラティだ。

(ブチャラティ!)

 駆け出すような勢いで、玄関へと向かう。きっと、今、みっともない顔をしているだろう。それでもよかった。数週間ぶりに、ブチャラティに会えるのだ。

「ブチャラティ!久しぶりね!」

 震える両手でドアを開けると、そこには、言葉を見失うほど、無表情なブチャラティが立っていた。ユウリは思わず、言葉に詰まり、後ずさる。
 ブチャラティは、ユウリの方を見ない。頼んでおいた大量の荷物を受け取りながら、ユウリは、妙な居心地の悪さを感じた。それでもユウリは、あの、と続けた。

「ブチャラティ。よかったら、上がって?久しぶりに話がしたいわ」

 小首を傾げながら、そう言うと、ようやくそこで目が合った。
 しかし、「――ッ」彼の瞳の、あまりの冷徹さに、背筋が凍る。

「ブチャラティ…?」

 おそるおそる口にした彼の名前は、小刻みにふるえていた。そのわずかな声の振動さえ、ブチャラティの静かな眼光にかき消されていくようだ。
 ようやく目がそらされた、かと思うと、ブチャラティは踵を返し、ユウリに背を向けた。ユウリはとっさに手をのばす。

「ブチャラティ、待っ…」

 バタン! 声を遮り、荒々しくドアが閉まる。誰もいない部屋。ユウリはまたこの場所にひとり、囚われる。

(どうして?)

(どうして、何も言ってくれないの?どうして急に、冷たくするの?)


 ユウリは、壁に背を預け、ずるずると崩れ落ちた。目蓋がじわりと熱くなって、けれど妙に冷えた頭がそれをゆっくり、冷ましていく。

(ブチャラティ、もう、私のこと―――…、嫌いになっちゃったの…?)

 もう、それ以上、考えたくもなかった。




2012.05.25
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