stand by me 待つことが苦痛でなくなったのは、いつの頃からだろうか。 今ではむしろ、彼女の帰りを待つことに幸福さえ覚え始めている。主人のために、湯を沸かし、洗い物をすませて、テレビを観ながら帰りを待つのだ。 テレビの画面には、どこかの国の大自然が映し出されている。ジョルノの好きなドキュメンタリー番組。それをぼんやりと眺めていると、不意に部屋の固定電話が鳴った。 こんな時間に誰だろう。のろのろと受話器を取る。 「プロント」 「あ、ジョルノ〜〜〜」 ユウリの声だ。それもどこか呂律が回っていない。 ジョルノ、ジョルノと何度も繰り返すユウリだが、やがて後ろから「貸せッ」とブチャラティの声がした。 「ジョルノ?聞こえるか」 「…ええ」 どうやら電話を奪い取ったらしい。後ろの方から「かえしてよお〜〜〜」というユウリの声が聞こえてくる。 「…ずいぶん酔っているみたいですね」 「ああ…」 苦笑混じりに言うブチャラティ。 「俺が送ってやるって言ってるんだが、迎えに来てもらうって言って聞かねーんだ。お前、今から来られるか?」 「今から…ですか」 少し渋ったようなふりをするが、ジョルノの返事はもう決まっている。 電話の向こう側では、ユウリがジョルノ、ジョルノと甘えた声を出している。時折そんな彼女をブチャラティが宥めたりして、ジョルノは言葉尻に笑みを含ませる。 「…仕方ありませんね。二人とも、今どこにいるんです?」 場所を聞き、ジョルノは身支度を整えて自宅を後にした。 二人が集っていたバールは家からそう離れていない場所にあった。夜の飲食街は週末ということもあってそこそこ賑わっていたが、ジョルノの鼻はすぐに主人の匂いを嗅ぎつけた。 (この店ですね…) 重たいドアを開けると、カランカランと鈴が鳴る。犬一匹での来店が珍しいのか、マスターらしき男がカウンターの中で一瞬驚いたような顔をした。 ユウリとブチャラティはカウンターテーブルに並んで座っていた。 「ユウリ。迎えに来ましたよ」 「あッ、ジョルノォ〜〜〜」 古いジャズの流れる店内に、脱力しきったユウリの声が通る。ユウリはジョルノの姿を見つけると、ふらふらと覚束ない足取りで彼に抱きついた。 「ジョルノ〜、会いたかったよぉ〜」 「はいはい、僕もですよ。ああ、またこんなに酔って…」 「悪いな、ジョルノ。わざわざ来させちまって」 ロックグラスを回しながらブチャラティが言う。どうやら彼はまだ飲むつもりらしい。 「もう、本当ですよ。こんなになるまで飲ませないで下さい」 すり寄ってくるユウリの頭を撫でながら、まったく、と大袈裟に溜め息を吐いてみる。 ほんの数年前までは、主人よりも背が低かったジョルノだが、今ではもうすっかり彼女の背を追い越している。 大型犬の血筋ゆえか、今ではユウリどころかブチャラティさえ追い抜く勢いである。 「ん〜、ジョルノ〜」 べたべたと引っ付こうとするユウリを、よしよしとなだめるジョルノ。そんな二人に、ブチャラティは、まったくどっちがペットかわからないなと笑ってみせる。 「羨ましいでしょう、ブチャラティ」 「…いや、別に」 素直に頷くのもしゃくなので、そう答えておく。 「そうですか。こんなに可愛いのに」 言いながら、ジョルノは、へべれけ状態のユウリを背に担ぐ。 良い年をして、ここまで酒に飲まれる彼女にもはや呆れてしまう。 「ジョルノ。肩車して、肩車」 ジョルノの心中も知らずに、ユウリは背中ではしゃいでいる。 「肩車って。子供ですか、貴方は…」 「なーに、コドモはジョルノでしょ〜〜〜」 ふにゃふにゃと頬をすり寄せるユウリ。 コドモって、一体いつの話をしているんですか、などと呟きながら、ジョルノは、ブチャラティからユウリの荷物を預かった。 「今日は俺の奢りだ。二人とも、気を付けて帰れよ」 そう言って手を振るブチャラティに頭を下げて、ジョルノ(とユウリ)は店を後にした。 ・ ・ ・ 「ジョルノー、ねーえー、私ひとりで歩けるよお」 繁華街をしばらく行くと、背中でユウリがそう訴える。 普段の彼女はそこそこ大人びているが、酒に酔った時の彼女はその面影すらなく子どもじみている。 無茶でワガママばかりの彼女に呆れつつ、やはりどうしても甘やかしてしまうのだった。 「ダーメーでーす。おろしたらまたフラフラとどこかに行ってしまうんでしょう」 「行かないよぉ。ずっとジョルノのそばにいる…」 「はいはい」 「あーっ流したー!」 後ろからのびた指が、ジョルノのやわらかい頬をぎゅむっとつまむ。 「痛い痛い!もう、落としますよ?」 「別にいいわよ。自分で歩けるもの。ホラおろして?」 「………」 ああ言えばこう言う、口ばかり達者なユウリに内心ヤキモキしつつ、しかしジョルノ自身、彼女を離したくはないのだった。 「…もう。酔い潰れて飼い主におんぶされて…ハタから見たらすごいダメな飼い主じゃない、私」 ハタから見たら、というよりも完全に彼女の言葉どおりなのだが、ジョルノは何も言わないでおいた。 その代わり、 「そんなところも、僕は好きですよ」 と、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、呟いてみる。 途端に大人しくなる背中の女が愛しかった。 了 2012.12.19 一周年フリリク/少し大人になったわんこジョルノでリクエストしてくださったフキ様へ |