08.見つめる(パープルヘイズとフーゴ)

 パープルヘイズが恋をした。―――嘘のような本当の話だ。

 飲食店の従業員である彼女は、いつも決まって15時ごろ、店で使うタオルやエプロンなんかを店の裏口で干している。それを覚えたパープルヘイズは、毎日毎日飽きもせず、名前も知らない彼女を眺める為だけに、彼女の働くカフェのあるストリートへ繰り出すのだ。

「グァルルルル…」
「…おい、興奮するな」

 今日も彼女は日当たりの良い裏口で洗濯物を干していた。なにやら陽気な歌を口ずさみ、清潔な白いタオルでバサッと風を切る。
 パープルヘイズは僕の意思に関係なく出現し、興奮ぎみに―――しかしどこかモジモジしながら妙な唸り声を上げた。
 彼女にパープルヘイズは見えていない。けれど僕の姿は彼女に見える。だから僕は怪しまれないよう、近くの自動販売機でなにを買うか迷うふりをする。非常に遺憾だ。どうしてコイツの為にこんなことをしなくちゃあいけないんだ。

「あっ」

 ふと、彼女が声を上げる。タオルが風に飛ばされ、宙を舞った。

「ウギッ!」

 パープルヘイズがあわてて手を伸ばすが、「おっと」タオルはふわりと僕の手に落ちてきた。
 従業員用のダークブラウンのエプロンを巻いた彼女が駆け寄ってくる。

「ごめんなさい! 拾ってくれてありがとう」
「…いいえ」

 僕はそのとき初めて、パープルヘイズが一目惚れした女性を至近距離で、面と向かって見た。なるほど綺麗な顔をしている。パープルヘイズは面食いだったのか。…いったい誰に似たんだか―――。

「あの〜…?」

 しばらくぼうっと(かなり不躾に)見つめてしまった。妙に気まずくて、タオルを渡しながら「あー、ええと、お仕事頑張って」と早口に取り繕う。

「ありがとう。そこのカフェにいるから、今度お茶しにきてね」
「…はい」

 彼女の接客スマイルはかなりの威力があった。一言でいうとめちゃくちゃ可愛い。すぐそばでパープルヘイズが嫉妬と怒りの地団駄を踏んでいる。なるほど、僕の知らないところでこの笑顔を見て、コイツは彼女に惚れたのか。

「うぐぁぅぅぅうう…!!」

 わかったわかった。とにかく、そんな目で僕を見るんじゃあない。




2019.05.19

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