07.想う(わんこリゾット)
 私の愛犬は口数が少ないけれど、そのぶん視線やスキンシップで私とのコンタクトを取ろうとする。

 たとえば。

「あ、もしもし? あ、うん。そーそー、来週さー、なに着てく?」

 友人と電話しているとき。ソファに座って雑誌を広げ、ページをめくりながら、来週の同窓会に着ていく洋服や懐かしい旧友たちについての話題に花を咲かせる。

 すると、日当たりのよい窓際でウトウトしていたはずの黒い影がのそりと動いて、無言でソファに上がってくる。
 そして私の手からポイと雑誌を取り上げ、太ももに頭を乗せた。

「ひゃっ! …あ、いや、なんでもない。ちょっと犬コロがね」
『犬コロ?』
「犬コロだと?」

 電話口の友人の声と、愛犬―――リゾットの声がシンクロする。トリミングしたばかりの短い銀髪とフサフサの耳が、ショートパンツから露出した太ももに当たってくすぐったい。

「おい、犬コロとはどういうつもりだ」

 私の恋人気取りのこの犬は、犬コロ呼ばわりが余程気に入らなかったのか、電話中だというのにしきりに私の名前を呼んでくる。
 それだけでは飽き足らず、首筋にそのツンとした鼻を押しあてて、クンクンと匂いを嗅ぐ。

「ちょっ…リゾッ…、いま、電話中…!」
「知らん」

 しまいには敏感なデコルテや首筋をペロペロ舐めるので、私はヘンな声を漏らす前に急いで電話を切った。『イケメンな愛犬うらやましー』と友人は電話の向こうで言っていたけれど、リゾットの愛情表現はかなりダイレクトで、ときどき困ってしまう。

「あっ、ちょっと、くすぐったいってば」

 首筋を舐めていた舌が唇まで這い上がってくる。やがてそれはキスに変わった。

「…ん、リゾット!…ん、…ちょっ…」
「抵抗するな」

 いやいやいや。
 抵抗しようにも、クソでかいリゾットの身体にのし掛かられて、動けない。息も途切れ途切れな私に対して、リゾットはウルフグレーの尻尾をぶんぶん振って、嬉しそうだ。リゾットは昔から、表情は真顔のくせに、尻尾だけは表情豊かなのだ。

「待って待って、ストップ! おしまい! キスはもうおしまい!」
「なにを言ってる。勝手に決めるな」
「ご主人様の言うこと聞きなさい!」
「俺にも聞けることと聞けないことがある。ちゃんと躾けるべきだったな」
「ドッグスクールにも通ったのにぃ!」

 ちゃんと躾けたはずなのに、愛犬はこうして時折暴走する。ドッグスクールのトレーナーの言葉を思い出す。
 ―――彼の想いまでは躾けられない。
 これがそういうことなのだろうか。無表情でキスを振らせるリゾット、その背中をぽんぽん叩いて、私は四肢の力を抜いた。




2019.05.06

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