21.誓う(わんこリゾット)
6月―――。イタリアにも雨季はあるが、日本の梅雨と違って湿気は少なく、過ごしやすい。 ジューンブライドと呼ばれるだけあって、この時期、あちこちで結婚式が挙がっている。
愛犬と散歩に出掛けた6月2週目の日曜日。散歩コースの森林公園でひときわ華やかな集団を見つけて、私たちは足を止めた。
「わぁ見て。リゾット、結婚式だよ」 「…………」
屋外の施設や、雰囲気の良い公園を借りてのアウトドアウエディングというのも、近ごろ流行っているらしい。 森林公園の中央、大樹が聳える広場で、ドレスアップした若い新郎新婦がゲストに見守られて微笑み合っていた。集団からすこし離れた場所には、私たちのような通行人や近所の住人がちらほらと見受けられた。
「すごぉい……。きれーい。良いなぁ……」 「……そうか」 「もう! リゾットってば興味なさすぎでしょ〜!」 「興味が無いわけじゃあない」
神父を前に、新郎と6月の花嫁は緊張した面持ちで誓いの言葉を述べている。羨望の眼差しでそれを眺めていると、ブライダルスタッフが小走りでやって来て、フラワーシャワー用の花びらが入った小さなバスケットを渡してくれた。私たちのような通りすがりの野次馬にも、彼らを祝福させてくれるらしい。
「はぁ〜、良いなぁ。憧れちゃう……」 「そんなに結婚したいのか」 「そりゃぁいつかしたいわよぉ! 結婚式って素敵じゃない。ウエディングドレス着てバージンロード歩くのなんて子どもの頃からの夢だもん」
まぁその前に相手を見つけなきゃいけないんだけど、と続けると、リゾットの耳がぴくっと震えた。
「―――では、誓いのキスを」
神父の厳かな声が聞こえる。広場では、新郎が花嫁のベールをゆっくりと持ち上げているところだった。 良いなぁ、誓いのキスかぁ。―――と思っていると、急に頭を掴まれ、強引な口付けが降ってきた。無理やりに上を向かされ、息も出来ないような、強気なキス。
「んんっ! んぅ……!! リゾットっ……」
突然の出来事に、思わず手にしていたフラワーシャワーのバスケットを落としそうになる。リゾットは震える指先からバスケットを奪い取り、片腕で私の肩を抱き寄せた。
「はぁっ……リゾット、っもう、なにするのぉ……!」 「わからないか? ……誓いのキスだ」 「……もう、なに言ってんのよぉ……」 「言っておくが、真似事で終わらせるつもりはない」 「えっ……えっ!?」
リゾットは時々こういう爆弾発言を放つ。それがまた凄い威力なのだ。彼の整った容姿と私好みの低くて艶っぽい声色も相まって、思わずゾクゾクしてしまうほどの危険な色気がある。
愛犬は私を抱きしめながら、無言で尻尾を左右に振っている。 この腕からどうやって抜け出そう―――と考えあぐねていると、視界の端で新郎新婦が歩き出していた。
「ああっ! フラワーシャワー行かなきゃ!!」 「は? ……おいッ!!」
油断したリゾットの胸元から抜け出して、筋肉質な彼の腕をぐいぐい引いて「Congratulazioni!」と賑やかな輪に加わった。
「おい……!」
花びらが舞う中で困惑する仏頂面のリゾットは、なんだかミスマッチで可愛かった。
終 2019.06.11
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