12.囁く(ギアッチョ)
ギアッチョと付き合い始めてしばらく経つ。 もともと彼とは同業者で、仕事仲間としての付き合いは長かった。 ギアッチョのことはよく知っているつもりだったけれど、それでも恋人になってみて初めて気づいたことがある。
それは、ギアッチョが意外にもロマンチストでフェミニスト(恋人限定)だということ。
「ほらよ」
シャワーを浴びてリビングへ行くと、待っていたかのようにギアッチョがシャンパンのボトルとチューリップグラスをふたつ、トレイにのせてやって来た。 シャンパンか。いつもはラムコークやモレッティで乾杯しているのに珍しい。
「ありがと。どうしたのこれ、貰い物?」 「あ? 買ってきたンだよ」 「へえ。珍しいね」
ギアッチョは手際よくコルクを抜いて、淡いゴールドの液体をグラスに注いだ。細やかな気泡が、グラスの中でぷつぷつと踊る。 グラスを持つ手に、ギアッチョが冷たい指先を重ねてくる。隣に座る彼を見ると、「お前は覚えてねえのかよ」と少し不機嫌そうに唇を尖らせていた。
「…今日は1ヶ月記念日だろ」 「ウソ、覚えてたの?」
ていうかそういうのお祝いする派だったんだ。しかも1ヶ月刻みで! ちなみに私は記念日とか、あんまり覚えていられない方だ。
「覚えてるに決まってんだろッ。お前が俺の女になった日なんだからよォ〜ッ」
ギアッチョは不貞腐れたように言った。それが妙に愛おしくて、私は記念日を忘れていたことを誤魔化すようにキスをした。
「…ッんだよ、急によォ……!」
1ヶ月記念日を指折り数えて、わざわざシャンパンを買って来てくれた健気な恋人。惚れ直さずにはいられない。 舌は絡めずに、啄むようなキスを繰り返すと、彼の機嫌は治ったようだった。 ギアッチョは唇を離すことを許さず、キスする距離のまま「なァ、しようぜ」と囁いた。
「…今? せっかくシャンパン開けたのに?」 「シャンパンなんざいつでも飲めンだろ」 「セックスもいつでもできるよ」
ギアッチョはそれ以上の口答えを許さなかった。キスで口を塞いで、私の呼吸も言葉も奪っていく。 私は諦めてグラスをテーブルに戻し、その手をソーダシャーベットみたいな色の巻き毛に移動させた。
「んっ…、シャンパン、冷たいうちに飲みたかったぁ…」 「後で俺が冷やしてやる」
そう耳元で告げる彼の吐息は冗談みたいに熱かった。
終 2019.05.27
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